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谷崎潤一郎の『卍』をどう読むか31 スポンサーは存在したか?

 小谷野敦氏の年譜によれば、『卍』は標準語で書きはじめられたということらしい。

 今更標準語の『卍』など到底想像できないものではあるが、してみれば現代の、大阪弁の柿内園子の戯言に振り回された私のイメージは、そもそも谷崎潤一郎の中にあったものではなく、後にアレンジされたものだ、ということになる。

 昭和三年、つまり芥川龍之介の睡眠薬による自殺(※青酸カリによる自殺説もある。)が報じられた翌年、『卍』は雑誌『改造』の三月号より連載が開始された。だから最初から、徳光光子と柿内孝太郎が睡眠薬による自殺をしてしまうことと、芥川龍之介の睡眠薬による自殺との間には、何かつながりがあるとは考えない方が良いだろうと、この結末を読んで思った。

※青酸カリによる自殺説

今でも光子さんのこと考えたら「憎い」「口惜しい」思うより恋しいて恋しいて、……ああ、どうぞ、どうぞ、こない泣いたりしまして堪忍して下さい。……

(谷崎潤一郎『卍』)

 なら今からでも死んだらどうだ、と「先生」は言わない。何故、言わないのか。それは読者の権利だからだ。「先生」に対してあんた誰、という権利も読者には与えられている。眺者には何の権利も与えられていない。

 例えば、何故柿内園子が英語の避妊法の本を持っていたのか、何故一般人のスキャンダルが一か月間も新聞に連載されたのか、何故徳光光子が徳光光子なのかと考えない者には何の権利も与えられていない。

 例えば何故柿内園子が英語の避妊法の本を持っていたのか、と言えば、柿内園子が、
①英語を読むことが出来る
②自ら避妊していた
 ……とまずは考えられる。

「姉ちゃんはきっと巧い方法を実行してんねんやろなあ」いいますよって、「ほんまいうたら、あてええ本持ってんねん。亜米利加で出版しやはった本で、それ見たらそらもう何ぼ通りでも書いたあるわ」いうて、その時貸したげたまま忘れてしもてたんだした。

(谷崎潤一郎『卍』)

 昔はAmazonはないので、亜米利加で出版しやはった本は洋書屋で見つけるか、漱石のように版元に注文して取り寄せなくてはならなかった。ちょっとした英文を読むのではなく、実用書を読むことが出来るので、柿内園子と徳光光子の英語力は確かなものであることが分かる。つまり、頭がいい。

 そして何故一般人のスキャンダルが一か月間も新聞に連載されたのかといえば、
①徳光光子が船場にお店のある羅紗問屋のお嬢様で、住まいは阪急の蘆屋川にあるというだけでなく、柿内園子の実家が裕福であり、二人ともが有閑階級であったからというだけでは足らず、それなりに名の知れた家でもあったと考えられる。
②それなりのスポンサーが存在した提灯記事であった可能性が否定できない
 ……とまずは考えられる。つまりお梅どんや綿貫栄次郎の提供した資料の面白さだけで「一か月間も新聞に連載」というなりゆきにはさすがに不自然さがあり、そこには何か合理的な仕掛けが必要だと考えられる。

 また、何故徳光光子が徳光光子なのかと考えてみれば、
①徳光光子は養女だった
 ……とまずは考えられる。名前を付ける際、そもそもの苗字が「徳光」ならばさすがに「光子」とは名付けまい。何らかの事情で「光子」は「徳光家」の人間になったと考えるのが自然だろう。徳光光子の死によって徳光家は断絶させられるのではあるまいか。そう考えると柿内家の存続がいかにも喜ばしい。

 そしてやはり何故「卍」なのかと考えさせられる。卍とはそもそも仏心を現す吉祥である、と私は最初に書いた。

 しかし読み終わってみれば『卍』は、途中でどこかへ消えてしまった綿貫栄次郎の存在感の消失ぶりがあまりにもあっけなさ過ぎて、卍ではなくむしろ徳光光子と柿内夫妻の三つ巴の戦いのように感じられてしまうから不思議だ。そこには確かに何かが欠けている。それが作品には書かれていない柿内園子と「先生」の関係であるのかと考えてみれば、柿内園子としか関係を結ばない「先生」は互いに絡み合う鉤にはならない感じがしてしまう。

 むしろここにはもう一人の柿内園子、つまり「わたし」と「私」、語り手としての柿内園子と語られる対象としての柿内園子が絡み着いているとみるべきではなかろうか。この『卍』という小説には「わたし」が111回、「私」が350回使われている。いや「あて」かて百回以上出て來るちゅうねん。どないなっとんねん。そんな頓珍漢な小説は他にはない。いや、探せば世界のどこかにあるとして、そんな小説が書かれたとしたら作者はそのナレーターに自己分裂的性格を意図して与えている。

 柿内園子が新聞記事のスポンサーであり、自己分裂的性格であり、普段から英語の本くらい買って読むことのできる程度の才女であり、なお自ら必要な情報を求めてアメリカで出版された本まで手に入れることのできる好奇心と行動力の持ち主であるなら、こない泣いたりしまして堪忍して下さい。……と云われてもそれは本気の嘘泣きである。これを鰐の涙という。

 鰐は悲しくて泣くのではない。ただし柿内園子の涙は、その語り手の悦楽を放縦に食い散らかした女の涙は、実に甘露なものであっただろう。




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