谷崎潤一郎の『卍』をどう読むか33 新潮社の間違い探し
夫に不満のある若い妻・園子は、技芸学校で出会った光子と禁断の関係に落ちる。しかし奔放で妖艶な光子は、一方で異性の愛人・綿貫との逢瀬を続ける。光子への狂おしいまでの情欲と独占欲に苦しむ園子は、死を思いつめるが――。おたがいを虜にしあった二人の女が織りなす、淫靡で濃密な愛憎と悲劇的な結末を、生々しい告白体で綴り、恋愛小説家谷崎の名を不動のものとした傑作。
これが新潮社の広告文だ。
✖ 夫に不満のある若い妻・園子は、技芸学校で出会った光子と禁断の関係に落ちる。
〇 若い妻・園子は、女子技芸学校で出会った光子と同性愛の関係になる。
……この「夫に不満のある」で省略されているところに、何度も言うように「ええことない男」の存在があり、むしろ園子の浮気性が消されていることが問題。ここが読めていないということは、致命的。
でも前の事件の時分は結婚して間もないことで、まだ処女時代の純真さ持ってましたから、今よりはうぶで、気イ小そうて、夫に済まんいう心持強いでしたけど、その手紙にもありますように今度はさっぱりそんな気持になりませなんだ。
別に悪いことした訳でも何でもないのんに、夫が長いこと待ちくたぶれて、たった今御飯すましたらしい様子見ると、妙に気がとがめました。そういうと前、恋人と会うてた時分にはよう十時過ぎに帰って来たことありましたけど、この頃になってこないにおそうなったことあれしませなんだ。そいで夫もちょっと気イ廻したのんかも分れしませんが、わたし自身も、何かしらんちょうどあの時と同じような気イしました。
つまりこんなところで口がポカンと開いているわけだ。
書いてあることを読むだけで何が書いてあるか分かるんですね。 pic.twitter.com/2PUW9j8bpk
— 小泉進次郎構文bot (@NanimoBot) December 20, 2022
それから「禁断の関係」はもう古い。「禁断の果実」ってなんやねんという話だ。
✖ しかし奔放で妖艶な光子は、一方で異性の愛人・綿貫との逢瀬を続ける。
〇 しかし奔放で妖艶な光子は、一方で異性の恋人・綿貫との交際を続ける。
……この文章を書いた人はもう定年退職しているんではなかろうか。いかにも言葉が古い。作中「愛人」の文字はなく、婚約者を匂わせるも、はっきりしているのは「恋人づら」をしていること。
そしてここが「あらすじ」においては最も肝心なことだが、「あらすじ」は短いので時間の流れで変化していく人間の関係性をコンパクトにまとめざるを得ない。だから「異性の恋人・綿貫との逢瀬を続けていた」ならまだいいとして、「愛人と逢瀬を続ける」だと、光子と綿貫が密かに会い続ける感じになる。実際にはその設定からむしろ光子が綿貫と園子を結びつける方向に動くので、「ひそかにあう」という意味を持つ「逢瀬」は光子と綿貫の関係性を最初の設定に固定してしまうので、園子の苦悩を曖昧にしてしまう。ここはフラットな意味の「交際」でよいのではなかろうか。
✖ 光子への狂おしいまでの情欲と独占欲に苦しむ園子は、死を思いつめるが――。
〇 夫と光子とが肉体関係に陥り、夫と園子は光子に両天秤にされ睡眠薬漬けにされてしまう――。
「あてあんな人と夫婦やあれへん。あてはマドモワゼルやもん。光ちゃんさい承知やったら、もしもの時は二人で何処いでも逃げて行くわ。」「まあ、姉ちゃん! それほんまかいな? きっと、きっと、うそ違う?」「うそやないとも! あてもうちゃあんと覚悟してるわ。」「あてかって覚悟してるわ。姉ちゃんあてが死ぬいうたら一緒に死んでくれるなあ?」「死ぬわ、死ぬわ、光ちゃんかって死んでくれるなあ?」
……光子と園子の関係においてはそもそも「死」の概念は最初から現れていた。光子の猟奇性を明示しないと『卍』のどろどろ感が見えないし、園子の独り相撲のように思えてしまう。
まあ、これは広告で、中身を読めという話だが、大雑把に言えば園子が光子を悪者にしているところを見ないと『卍』を読んだ、とは言えまい。
これが「光子への狂おしいまでの情欲と光子の独占欲に苦しむ園子は」だとしたら、
※その外個人で「あらすじ」をまとめていらっしゃる方が何人かいて、検索では上位に挙がってくるものから全部コテンパンにしようかとも思ったのですが、みなお若かったりするので、やめておきます。
ただし、検索では上位に挙がってくる「あらすじ」でちゃんと読めているものは一つもありません。みな「書いてあることを読まない」「書いていないことを付け足す」という誤読のパターンに嵌っています。
特に園子の最初の浮気に気が付いていない人はかなり多いようです。それから光子と孝太郎の関係ですね。
あと、今橋ビルディングで弁護士開業ってかなり贅沢ですからね。
できれば最初から、ここから読み直してもらいたいものです。
