岩波書店・漱石全集注釈を校正する63 分厚いハムエクス、唐天竺の鉄砲玉は筍の輪切り
ハムエクス
二個の小宇宙は今白い卓布を挟んでハムエクスを平げつつある。
「おいいたぜ」と宗近君が云う。
「うんいた」と甲野さんは献立表を眺めながら答える。
「いよいよ東京へ行くと見える。昨夕京都の停車場では逢わなかったようだね」
「いいや、ちっとも気がつかなかった」
「隣りに乗ってるとは僕も知らなかった。――どうも善く逢うね」
「少し逢い過ぎるよ。――このハムはまるで膏ばかりだ。君のも同様かい」
「まあ似たもんだ。君と僕の違ぐらいなところかな」と宗近君は肉刺を逆まにして大きな切身を口へ突き込む。
「御互に豚をもって自任しているのかなあ」と甲野さんは、少々情けなさそうに白い膏味を頬張ばる。
「豚でもいいが、どうも不思議だよ」
「猶太人は豚を食わんそうだね」と甲野さんは突然超然たる事を云う。
この「ハムエクス」に対して、岩波は、
ハムエッグ(ham and eggs)。
……といかにも簡単な注を付ける。ところがよく読んでみると、このハムエッグは現在のハムエッグとは異なり、随分はハムが厚そうだ。注釈者はそんなハムエッグを食べた経験があるのだろうか。
比較的近いのがこのハムエクスか。
□ハムエクス ハムを大凡二分か三分の厚さに切り、燒鍋で燒きますと、脂肪がにじみ出しますから、肉の少し焦げた時、鶏卵を割つて肉の上にかけ、半熟になつたとき、そつと亂れないやうに注意して、之を皿に取るのです。
しかし昔のレシピを見ると、案外多いのがハムは薄切り、バターを使うものだ。

ハムと卵を別々に調理する例もある。


二人が食べたハムエクスはバター無しで、ハムは厚切りで、膏濃かったもののようだ。
「阿爺さんのものばかり縫って、ちっとも兄さんには縫ってくれないね。狐の袖無以後御見限りだね」
「あらいやだ。あんな嘘ばかり。今着ていらっしゃるのも縫って上げたんだわ」
「これかい。これはもう駄目だ。こらこの通り」
「おや、ひどい襟垢だ事、こないだ着たばかりだのに――兄さんは膏が多過ぎるんですよ」
「何が多過ぎても、もう駄目だよ」
ここに繋がるか。
弁当箱は投げられたか?
肱突は不得要領に終って、二人は食卓を立った。孤堂先生の車室を通り抜けた時、先生は顔の前に朝日新聞を一面に拡げて、小夜子は小さい口に、玉子焼をすくい込んでいた。四個の小世界はそれぞれに活動して、二たたび列車のなかに擦すれ違ったまま、互の運命を自家の未来に危ぶむがごとく、また怪しまざるがごとく、測るべからざる明日の世界を擁して新橋の停車場に着く。
後の『三四郎』では三四郎が豪快に弁当箱を窓から投げ捨てる場面がある。岩波はそこに当時はそういうことがさも当たり前に行われていたかのような注をつけていなかっただろうか。ここではどうも弁当箱は投げられていない。投げなかったことに対しても何か説明が必要だろう。
私自身は「当時汽車の窓から弁当箱を捨てることは当たり前だった」とされる常識を疑問視している。
鉄砲玉だよ
「外交官の試験に落第したって、ちっとも恥ずかしがらないんですよ。普通なみのものなら、もう少し奮発する訳ですがねえ」
「鉄砲玉だよ」
意味は分からない。ただ思い切った評である。藤尾は滑らかな頬に波を打たして、にやりと笑った。藤尾は詩を解する女である。駄菓子の鉄砲玉は黒砂糖を丸めて造る。砲兵工廠の鉄砲玉は鉛を鎔かして鋳る。いずれにしても鉄砲玉は鉄砲玉である。そうして母は飽までも真面目である。母には娘の笑った意味が分からない。
岩波はこの「鉄砲玉」に
四三頁、一〇五頁で、行ったきり帰ってこないもののたとえに使われている。
……と注を付ける。いや「四三頁、一〇五頁」の説明ではなく、ここで「鉄砲玉」がどういう意味で使われているのかを説明しなくてはならないだろう。
ここの「鉄砲玉」は「鉄砲玉の使い」では意味が通らない。敢えて言えば『二百十日』の「豆腐屋」だ。明らかに意味が転じている。それを話者が「意味は分からない。ただ思い切った評である」と評している。
この「鉄砲玉」や「豆腐屋」は、所謂漱石のワードセンスというところだろう。「めくらやなぎ」や「ねじまき鳥」ほど警戒されることなく、ありふれた日常語の暗喩としての固定化された意味を崩壊させてみる。例えば豆腐屋は文明の怪物にまで進化した。藤尾の笑みは、一つの言葉を使いまわして意味を転じさせる母の強引さに向けられたものであろう。
つまり?
ここの「鉄砲玉」の意味は「なんだかわからないけれどそんな感じのするもの」「たいしたことのないもの」という程度のものであろう。
あるいは、
てっぽう‐だま【鉄砲玉】(テッパウ‥)
1 鉄砲の弾丸。銃弾。銃丸。
2 飴(あめ)を丸くかためたもの。飴玉。
3 使いの者などが行ったまま戻って来ないこと。行ったきりであること。また、その人。
4 (水に沈んだまま浮き上がらないことから)泳ぎができないこと。また、その人。金槌。
5 (鉄砲店(みせ)の玉の意から)鉄砲店の遊女。
この四番目の意味の「(水に沈んだまま浮き上がらないことから)泳ぎができないこと。また、その人。金槌」の意味を敷衍して、出世も出来ず、社会的に浮かび上がることのできないダメダメ人間というニュアンスを含んでいないとも限らない。
また同じ意味で、辞書的には掲載されない、「暴力団の鉄砲玉」のような使い捨てのスナイパー、お先棒を担ぐ人というニュアンスがないとも限らない。あるとも限らない。
親といえども唐、天竺である
「御前はあの人をどう思ってるの」
娘の笑は、端なくも母の疑問を起す。子を知るは親に若かずと云う。それは違っている。御互に喰い違っておらぬ世界の事は親といえども唐、天竺である。
「どう思ってるって……別にどうも思ってやしません」
母は鋭どき眉の下から、娘を屹っと見た。意味は藤尾にちゃんと分っている。相手を知るものは騒がず。藤尾はわざと落ちつき払って母の切って出るのを待つ。掛引は親子の間にもある。
この「親といえども唐、天竺である」に岩波の注は、
親のような濃い血のつながりのある者でも、心が通わないとなると中国やインドのように遠い土地の人と同じ、の意の諺。
とする。
この「諺」は国立国会図書館デジタルライブラリー内では見当たらない。
さあしかし、ここは意味が解らない。「親といえども唐、天竺である」を「親といえども想像するばかりの世界である」と解した場合、「それは違っている。御互に喰い違っておらぬ世界の事は」の「御互に喰い違っておらぬ」の意味が怪しくなる。もし「親といえども想像するばかりの世界である」と解するなら「御互に喰い違っている」でなくては筋が通らないのではなかろうか。
娘は原宿に詳しい、母親は巣鴨に詳しい。この場合は「御互に喰い違っている」世界ということで、母親が原宿のことは解らないという筋になる。
そこが「御互に喰い違っておらぬ世界の事は」となるので解らなくなる。むしろ「子を知るは親に若かずと云う。それは違っている」とあるから話の流れそのものは「親は案外子供のことを知らないもの」という辺りにある。その流れが「御互に喰い違っておらぬ世界の事は」の「おらぬ」で断ち切られて混乱する。
ここは漱石のミスか?
……と百年間誰も考えなかったのだろうか?
百年? 百十五年?
いや、ここは「御互に喰い違っておらぬ世界の事は」が正しく、お互いにお互いの世界の中では無矛盾の公理体系の中にあり、それが別々の世界であれ、そもそも「食い違わない」、比較されることのない別々の宇宙なのだ、という意味なのだろうか?
つまり多元宇宙説。
しかしここはやり過ぎるとトンデモ説に落ちるのでここまでにしておく。
筍を輪切りにすると、こんな風になる
「御前あすこへ行く気があるのかい」
「宗近へですか」と聞き直す。念を押すのは満を引いて始めて放つための下拵えと見える。
「ああ」と母は軽く答えた。
「いやですわ」
「いやかい」
「いやかいって、……あんな趣味のない人」と藤尾はすぱりと句を切った。筍を輪切りにすると、こんな風になる。張りのある眉に風を起して、これぎりでたくさんだと締切った口元になお籠もる何物かがちょっと閃めいてすぐ消えた。母は相槌を打つ。
「あんな見込のない人は、私も好かない」
この「満を引いて始めて放つ」で「母の切って出るのを待つ」に対して飛び道具の構えであることが分かる。
さらに「張りのある眉に風を起して」とは物凄い誇張法だ。この『虞美人草』では「深き眉」「長い眉を押しつけたように短かくして」「文錦やさしき眉に切り結ぶ火花」と随分と凝った眉の表現がある中、これは秀逸だろう。
ところでこの「筍を輪切りにすると、こんな風になる」とはどういうことか、理解できている人はどのくらいいるものだろうか。これは言葉が場に与えた空気を筍の輪切りに例えて見せたところだ。竹を割るのは縦に割る。筍も穂先は縦に切らないでもない。つまり、太い所、根元をざっくり切ったわけだ。
多分「筍も穂先は縦に切らないでもない」という文字を読んだ瞬間に、「あー、なるほど」と分かった人が、七人くらいいると思う。大体七人で、後の人は何のことかわからないようだ。「張りのある眉に風を起して」とは手応えがあったということだ。しかしそこで手を緩めない藤尾は恐ろしい。「これぎりでたくさんだ」と油断しない。
一日に四十八時間の夜昼ある閑人の所作
過去は死んでいる。大法鼓を鳴らし、大法螺を吹き、大法幢を樹てて王城の鬼門を護りし昔は知らず、中堂に仏眠りて天蓋に蜘蛛くもの糸引く古伽藍を、今さらのように桓武天皇の御宇から堀り起して、無用の詮議に、千古の泥を洗い落すは、一日に四十八時間の夜昼ある閑人の所作である。現在は刻をきざんで吾を待つ。有為の天下は眼前に落ち来きたる。双の腕は風を截って乾坤に鳴る。――これだから宗近君は叡山に登りながら何にも知らぬ。
ここに何が書かれているか、岩波は単語の説明に留める。しかし「一日に四十八時間の夜昼ある閑人」とは誰のことか「古伽藍を、今さらのように桓武天皇の御宇から堀り起して、無用の詮議に、千古の泥を洗い落す」とはどういうことか。
桓武天皇の生母は百済系渡来人氏族の和氏の出身である高野新笠である。皇族が何かのスポーツ大会の際に、韓国と日本の天皇家の血縁に言及して話題となったことがある。しかし問題は桓武天皇ではなかろう。天武天皇でもない。掘り起こされたのは天照大神なのだ。天照大神の神話と共に明治政府は新しい日本の形を創造した。なかなか骨の折れることだ。
宗近君は何も知らぬが日本の未来を憂えている。
よくぞ新聞にここまで書いたなと打ち震えるところだ。
[余談]
「親といえども唐、天竺」という諺が見つからない。
しかし「ない」という証明は出来ない。
中庸に『浩浩たる其天』といへり。只だ人欲の私に覆はるゝを以て、天地はさて置きぬ。父子、兄弟、骨肉の親といへども相通ぜす。閨中閑居の時といへども、心志愧作し、己が氣己が躰に滿たず。何ぞ天地に周流せんや。
といった似た趣旨の分はあるのだが…。
本当にあるのか、「諺」が?
目の前に座ってた乗客、可愛すぎる。 pic.twitter.com/e6WIiLuIHa
— もふもふ動画 (@tyomateee2) January 10, 2023
店長草 pic.twitter.com/vSjPCDtqLL
— 草ツイwww (@kusatwi_www) January 10, 2023
不幸中のWi-Fiwwwww pic.twitter.com/byP9Xrfy7W
— 草ツイwww (@kusatwi_www) January 10, 2023
※多分気が付いていないことが書かれています。
