見出し画像

春樹君と由紀夫君95 森鴎外の『最後の一句』について語る


いやー参ったよ。


どうしたんですか?
今週はこの記事が一番見られているんだけど、その原因は


これなんじゃないのか?


中身は見ていらっしゃらない?
おっぱいだけ見てる。


このままではいかん。


って、あんたが脱がなくても。


ちゃっちゃとお願いします。

この小説の工夫は二つ。一つは、言葉は使われ方によって反対の意味にもなり得るという性質を利用したこと。もう一つは、「正しさ」への恐れを書いたこと。

(石原千秋『教科書で出会った 名作小説 一〇〇』新潮社 令和五年)


森鴎外の『最後の一句』をやります。


そんなに長い話ではないので一回ちゃっちゃと読んでください。


静岡県方言辞典 静岡県師範学校, 静岡県女子師範学校 共編吉見書店 1910年


ちゃっちゃとは「さっさと」の静岡方言なんですかね。


北海道西海岸地方方言 小樽市奥沢尋常小学校 編小樽市奥沢尋常小学校 1937年
それとも北海道西海岸に静岡県民が入植したとか。



静岡から名古屋、大阪に拡がったようですね。


で読みました?


読みました。


国語の先生として石原くんは教科書の話を書いているわけです。そうするとやはり「この小説の工夫は二つ」では足りない感じがします。
蜀山人全集 巻4 増訂一話一言48巻

 

蜀山人全集 巻4 増訂一話一言48巻


蜀山人全集 巻4 増訂一話一言48巻


蜀山人全集 巻4 増訂一話一言48巻


蜀山人全集 巻4 増訂一話一言48巻


尋常小学修身書教師用参考書 巻4 京都教育会中竹野熊野三郡部会 編京都教育会 1892年


尋常小学修身書教師用参考書 巻4 京都教育会中竹野熊野三郡部会 編京都教育会 1892年


尋常小学修身書教師用参考書 巻4 京都教育会中竹野熊野三郡部会 編京都教育会 1892年


尋常小学修身書教師用参考書 巻4 京都教育会中竹野熊野三郡部会 編京都教育会 1892年


女大学 : 新編 巻之上 指原安三 著||細川潤次郎, 西村茂樹 校金港堂 1896年


この小説は江戸時代の狂歌師大田南畝の随筆というか逸話集が元ネタになり、かなりの部分がネタ元そのままです。大田南畝の書いている話そのものがかなり良く出来ているので、そこは崩さず、そのまま書き写した感じです。


そこの説明は必要ですよね。


米泥棒が大嘗会で恩赦になるというふりと落ちの見事さが伝わっていないな。
まずそこですよね。そこが解らないで「この小説の工夫は二つ」と書いてしまっている感じがします。元ネタも確認していないでしょう。


この作品はよくぞパクったなと感心するな。桂屋ではなく上総屋としているものもあるのか。江戸時代のエッセイが明治二十五年にも修身の教科書に載っていたのだから、これは大正四年当時の読者からしてみれば、ほぼ目新しい話ではないのではないか。


どうですかねえ。

大嘗会というのは、貞享四年に東山天皇の盛儀があってから、桂屋太郎兵衛の事を書いた高札の立った元文三年十一月二十三日の直前、同じ月の十九日に五十一年目に、桜町天皇が挙行したもうまで、中絶していたのである。

(森鴎外『最後の一句』)


ネタ元と突き合わせてみますと、この最後の一文、つまり「最後の一句」のみが「あれ? そうだったの?」と新味があり、目立つはずなんですね。ネタ元と突き合わせないとそういう意味はでてきません。


五十年間お上はなにしてたんねん、という皮肉ですか。


そういうところを掘り下げて生徒に「へえー」と言わせるのが国語の授業だったと思うがな。


お上の不確かさ、いい加減さは指摘しないと『最後の一句』を読んだことにはなりませんね。


ただ石原君には「米泥棒が大嘗会で恩赦になる」という筋も見えておらんだろう。「一つは、言葉は使われ方によって反対の意味にもなり得るという性質を利用したこと。もう一つは、「正しさ」への恐れを書いたこと」ってなんだ。それは中学生の感想文だ。


「お上の事には間違いはございますまいから」の多義性も「最後の一句」の多義性も捉えられていないということですね。
これなんじゃないのか?


このおっぱい馬鹿と同じレベルだよ。


石原さんは大学教授なので学習指導用のマニュアルは見ていないんでしょうか?


学習指導用のマニュアルを見ないと「最後の一句」の多義性に気がつかないようなら人にものを教える資格はないな。


僕もそう思います。それにしても石原千秋の『教科書で出会った 名作小説 一〇〇』はある意味「教科書論」でもあるわけだから、その素材に対する真剣な読みをまず提示できないと駄目でしょう。僕はこう読んだ、ではいけないんです。


そうだな。構成を捉える。題材を確認する。歴史小説なので歴史的な事実関係もさらう。筋を追う。わからない言葉は調べる。そういう下読みをしてから授業に向かうんじゃないのか。


調べ物をした気配は見えませんね。


何で調べないの?
ワカリマセン。


一言で言えば嘗めてますよね。


自分は一流の文学者だから『最後の一句』くらいなんてことはない、て思っていたのかしら。それで「米泥棒が大嘗会で恩赦になる」に気がつかないとしたら、なんなの。


どなたにも慢心はおありかと存じ上げますが、それこそが一番危険なものなのではないでしょうか。まず確認。次に確認。そして確認する「三確」を都民の皆様にお勧めいたします。


それにしても鴎外は剣呑なことを指摘しましたよね。


今上天皇はいつでも今上天皇で、大嘗会で天照大神と一体化するから天皇なわけだからね。大嘗会は中断してはいかんのだよ。


「いかん」けれども中断していました。その間の天皇はアマテラスと関係ないじゃないですか? そこの整合性はどうします?


そんなずけずけ言わなくても


なんか空気が……


そこは言っちゃーいけないんだぞー
書いてるのは鴎外ですよ


いや、そこは本当にどうでもいい。維新で王政復古。それでいい。


鴎外の天皇制を巡る歴史批判という見方は可能ですがそういう議論は見かけませんね。


だって国語の先生が読めてないんですから。


そういうことなんだろうね。


誰も気が付いていないんですか?
今日一人でも気がつけばいいじゃない。


よ、そこの君。


わし?


気が付いた?


いやわからん。


ドリャー! なんじゃこりゃ。


いいなと思ったら応援しよう!