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谷崎潤一郎の『幼少時代』を読む① 谷崎潤一郎と芥川龍之介の墓は日蓮宗の慈眼寺

「天ぷら食ひたい」はばあやへの思慕 


 谷崎潤一郎の『幼少時代』を読むと1919年(大正8年)の『母を戀ふる記』の新内語り「天ぷら食ひたい」のエピソードがそのまま出て來る。乳母、ばあやは名を「みよ」といい、天保年間の生まれだったという。『母を戀ふる記』を読んで「母親への思いが溢れていて泣いた」という素直な感想を書いている人に毒づくつもりはないが、『母を戀ふる記』に描かれているのは母親とのずれであり、捻じれである。1917年(大正6年)、つまり二年前に亡くなった母親への素直な思慕が現れた夢落ちの話ではない。母が亡くなり、芥川との交際が始まり、せい子が好きになる。『母を戀ふる記』と言いながら乳母の思い出が現れるのだから、いくらなんでも分かりそうなものだが、とにかく徹底して分からないのが近代文学の眺者なのだ。

 大磯は當時伊藤博文の滄浪閣があり、井上松方西園寺などの人々の休養の地になつてゐたので、下町の町人共もその眞似をしてしばしば出かけて行つたのであらう。その頃の汽車だと大磯までは二時間半程かゝつたけれども、四萬のやうな邊鄙な田舎ではなかつたし、有閑階級の寄り集まる派手な別荘地のことであるから、父も母も此處は大層氣に入つたと見え、歸つて來ては又出かけると云ふ風で、何囘か行つてゐるらしい。が、私は乳母に預けられて置いてき堀にされ、一緒に連れていかれたことは一度もなかつた。若い夫婦が遊山に行くのに私が邪魔であつたことは察するに難くないが、私も亦そんなに駄々を捏ねたり後を慕つたりはしなかつた。それと云ふのが、ひどい甘つたれ坊主だつたけれども、小さい時から乳母に抱かれて寝るやうに、巧く仕込まれてゐたからである。

(谷崎潤一郎『幼少時代』)

 本来何のわだかまりもなく結びつき、損得も駆け引きも何もない無垢な情愛で結びつくべき母への思慕が、夢の中でさえ困難であること、母が見いだせないことが『母を戀ふる記』の肝の部分である。

 私はひょつとすると、此のばあやに對する記憶の方が、母のそれより古いのではないかとさへ思ふ。

(谷崎潤一郎『幼少時代』)


谷崎潤一郎と芥川龍之介の墓は日蓮宗の慈眼寺


 谷崎家の菩提所は司馬江漢や芥川龍之介の墓のある日蓮宗の慈眼寺と云ふ寺であるが……

(谷崎潤一郎『幼少時代』)

 谷崎の墓は京都の法然院だが慈眼寺にも分骨された。たまたまではあるが、芥川龍之介と谷崎潤一郎の墓が同じ寺にあるとは、なかなか因縁深い二人である。

倉五郎の一物は恐い

 ……私は父と入浴する時、父の股間の一物を気味悪がつて、それが見えると、
「恐いよう」
 と云つて泣いた。すると父は、
「さあ、もう見えやしないよ」
 と、手拭で隠すやうにした。

(谷崎潤一郎『幼少時代』)

 そんなに立派か。

 地震ぎらいは母の影響、六歳まで母の乳を吸っていた。

薩摩人は美少年趣味


 尤も私は、少年時代に女に可愛がられた経験はないが、あの頃の東京は薩摩人が幅を利かしてゐたせゐか、美少年趣味が流行してゐたので、男の兒に追ひかけられたことはしばしばあつた。

(谷崎潤一郎『幼少時代』)

 そして、このおじさんに抱っこされてしまう。

 

『小さな王國』の沼倉のモデルは篠田源太郎


 ではさぞ偉くなっただろうと記録を探したが見つからない。次世代デジタルライブラリーでもそれらしき人物の記録はない。

「ぴたんこ」か「ぺたんこ」か


 谷崎は「ぺたんこ」ではなく「ぴたんこ」と書く。

 自分の家がぴたんこに潰れてゐて……

(谷崎潤一郎『幼少時代』)

 「ぴたんこ」の方が可愛いな。

「ニセさん」だの「ヨカチゴ」だの


 私は日が暮れると、一人で蠣殻町から帰ってくる途中、一目散に走って通り過ぎるやうな恐い場所が、何箇所かあった。真っ暗で人通りの少ない物蔭などには、美少年を追いかける書生風の男が彳んで、待ち伏せをしていることもあった。私はいつぞやの将校の事件以来、自分より年上の男の子には警戒するようになっていたが、日清戦争から此方、急に美少年趣味が盛んになって「ニセさん」だの「ヨカチゴ」だのと云う薩摩言葉が東京でも用いられるようになっていた。

(谷崎潤一郎『幼少時代』)

 薩摩は悪いなあ。それにしても日本の端っこから天下を取ったのは凄い。

學校中のヨカチゴとガンモ(醜男子)が東西に別けて、番附表がつくられてあつた。庄兵衞の名はガンモの側の大關の榮位を占めてゐた。一日憂欝だつた。そんなものこしらへた奴が忌々しくてならない。

放課後、ヨカチゴと連れ立つて歸つて行く友人の姿を、羮望をもつて見送つた。ひとり寒冷な孤獨のうちに、哲學者面をしてゐた自分があはれまれた。やは肌の熱き血汐にふれも見で、と郊外散策の夕暮、ひとり口ずさむ。

一日本人 杉山平助 著昭文堂 1925年


明治六十大臣 : 逸事奇談 長田偶得 著大学館 1901年


「あいつは·······のニセさんだぜ」とは「-と云ふ少年を稚子にしてゐる」と云ふ意味である。ニブメカケ二部妾)二部教授から來た隱語。諷した流行語。不良少年用語。隱語。


Vocabularia erotica et amoris
佐藤紅霞 著弘文社 1928

 この「オール日本の男色流行期」という話もまんざら嘘ではなさそうだ。


『余談』


 知ったかぶりをする。

 冗談と分かっている気配はない。

 何処からひねり出したんだろう?


 昨日から遊んでいるけど、こいつほんまに嘘つきやで。

 な?


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