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谷崎潤一郎の『卍』をどう読むか32 ダ・ヴィンチ間違い探し

 とても曖昧な何かを何かだと認識する時、何かではないと整理していくと片付くこともある。例えば、

 フレミングの法則では中指は立たない。

 夫に不満のある園子は、通っている美術学校で光子という美しい女性に出会い、やがてふたりは同性愛の関係を持つようになる。園子の夫は次第に、園子と光子がただの友達関係ではなさそうだと不信がるようになる。
 光子は同性の園子とは別に綿貫という男とも交際しており、光子の妊娠が発覚する。しかしこの妊娠は、光子を自分だけのものにするために綿貫がついた嘘だった。綿貫は性的不能者であることを秘密にしていたのだ。光子は園子のことを愛していたが、嫌いな綿貫から束縛され、逃げられずにいた。
 綿貫の策略はますます過激になり、逃げ場を無くした園子と光子は死なない程度に服薬し、計画的に心中を装う。これにより綿貫は光子と会えなくなった。ふたりは搬送され眠っていたが、先に目覚めた光子は、看病をしていた園子の夫と性関係を持ってしまう。そして彼が光子の初めての男になってしまった。

https://ddnavi.com/serial/464666/a/

 ダ・ヴィンチの「【1分間名作あらすじ】谷崎潤一郎『卍』――同性愛と不倫。卍模様に交錯する愛」ではこうまとめられる。

 まあ、こんなものだろう。

✖ 夫に不満のある園子は、通っている美術学校で光子という美しい女性に出会い

〇 ええことない男と別れた園子は、今度は光子という美しい女性に憧れた

 ……最初ややこしくてつい飛ばしてしまいがちだが、そもそも柿内園子は浮気性だったという点は抜かしてはならないだろう。夫に対する不満が原因で浮気をしたという側面もあるとして、夫に対する不満が全ての出来事のベースとなるような表現には注意したい。
 また柿内園子の口から語られたことは全てが真実とは限らないので二人の出会いは偶然ではないかもしれない。

 理由? 家が近所だから。

✖ 光子は園子のことを愛していたが、嫌いな綿貫から束縛され、逃げられずにいた。

〇 園子からは光子が綿貫を利用して嫉妬させようとしているようにも思えていた。綿貫は光子に証文を書けと迫り、断られ喧嘩別れになる。

 ……光子は園子が好き、綿貫が嫌い、では駆け引きにならない。そもそも園子と綿貫を引き合わせたのは光子だ。全てが綿貫にコントロールされていたわけではない。

✖ 綿貫の策略はますます過激になり、逃げ場を無くした園子と光子は死なない程度に服薬し、計画的に心中を装う。

〇 綿貫が何をするか解らないことで不安になった園子は、夫を味方に引き入れるために心中未遂を計画する。

 ……この心中未遂事件の動機は「逃げ場を無くした」からではなく「夫を味方に引き入れるため」である。

 まさか綿貫かて、いよいよあかんいう見きわめも付かんと自分の損にもなるようなことせエへんやろけど、こないなって来たらなおのこと夫味方に入れるのん第一やいうのんで、そいから私の考えてた計略実行することになりましたのんですが、光子さんは「何処ぞ近いとこへ逃げるのんやったら、あて所の浜寺の別荘がええし」いいなさって、

(谷崎潤一郎『卍』)

  逃げ場はある。

✖ これにより綿貫は光子と会えなくなった。

〇 ……。

 綿貫がこの事件以降ぷっつり姿を見せなくなるのは事実としても、園子と光子の心中未遂は、綿貫が光子に会えなくなる理由とはならないのではないか。この辺りどうもこの「あらすじ」を書いた人の勝手な思い込みが激しくなる。

✖ ふたりは搬送され眠っていたが、先に目覚めた光子は、看病をしていた園子の夫と性関係を持ってしまう。

〇 呑んだものを全部吐いた光子は先に意識を回復し、園子の夫と性的関係を持つてしまう。

 ……この「搬送」は、なんというか、書生のドライブみたいな思いこみであろう。

そいでも後になってからの話に、「あて知らん間アに、傍にいる人を姉ちゃんと間違うたのんや」と、そない自分でいやはりますのんで、それやったら罪は夫の方にあることになるのんですが、夫の自白聞きましたら、二日目の昼過ぎお梅どん母家の方い行ってて、夫は私の寝顔見ながら団扇で蝿追うてた、そしたら光子さんが寝惚けたように「姉ちゃん」いいながら私の方い寄って来こうとしなさるのんで、眼エ覚まさしたらいかん思て、間い這入って光子さんの体抱き上げるようにして引き離して、枕外しなさったのんを直したげたり、掛け布団掛けたげたり、……そんな風にして、寝てはるとばっかり思い込んで油断してましたさかい、知らず識しらず、気イ付いた時にはもうどないしても逃げること出来んようにしられてた、何せ夫ちゅうたらそないな事にかけたら経験のない、子供みたいな人ですよって、私は夫の話の方がほんまに違いない思いますねん。

(谷崎潤一郎『卍』)

 この場面は意識がもうろうとした園子の語りなので、確かに解り難いものの「搬送」はされていないということだけは確かだ。意識のないまま入退院はないので、明示的に書かれていないだけで本当は病院に搬送されていたのだ、という強弁もできないだろう。

✖ そして彼が光子の初めての男になってしまった。

〇 ……。

 ここは綿貫の性的不能を勃起不全と取るか無精子症と取るかによる。綿貫の性的不能の原因は作中睾丸炎と特定されている。

 綿貫は飽くまで「子供生ます能力もない」のである。「子供生ます能力もない」とはどういうことかと云えば、子供の時分にお多福風にかかったのんが元で睾丸炎になったかららしい。なるほど睾丸炎はazoospermia(無精子症)を引き起こすこともある。しかし睾丸炎で勃起不全になることはなかろう。勃起不全なら光子と綿貫が南の太左衛門橋筋の、笠屋町の井筒に行く必要もない。

 それにしても「あらすじ」は結末迄書かないものだから、書いている人がどこまで解っていないのか、追求できない。
 
 ただまあ、実際こんなものなのだろう。

 アルバイトかパートが、いやフリーのライターがいやいや書かされたのであろう。そりゃ仕方ない。

 KADOKAWAさん、私ならもっと正確に書けますよ。




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