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捨てられないCD、クラシック音楽と私の習慣


年末に向けて片付けをしていたら、昔のCDが出てきた。
これは聴くためのCDプレイヤーが仕舞い込んで何処かにいってしまったし、今はほとんどスマートフォンで動画を観たりするから、処分してしまってもいいのだ。
いいのだけど、何故か捨てられない。

「クラシック名曲選」がたくさん。
好きだったアーティストのものもあるが、「クラシック音楽100曲」みたいなものもある。
ボーッとする時は、よくこういうCDを聴いていた。
今も、動画の癒し音楽を聴きながら寝落ちしたりするので、似たようなものをやっぱり聴いている。
歌詞のない、聞き流せる、つけっぱなしにしても気を取られすぎない曲がいい。
それで、なんとなく「クラシック名曲選」が手頃だったので、増えていった。
かといって、詳しいわけでもない。
作曲家の名前も、曲名も、よくわからない。
でも、耳から、そういう習慣ができてしまったのか、カフェで知ってるクラシック音楽が流れてたりすると、すごく落ち着く。
身体が「リラックス」をスタートする感じだ。


これって、パブロフの犬みたいなものかもしれない。
クラシック音楽を聴く→リラックスする。
それを繰り返してきたから、クラシック音楽を聴くだけで、身体が勝手にリラックスモードに入る。
条件反射だ。
だから、カフェでふと流れてくるクラシック音楽に、身体が反応する。

「あ、この曲知ってる」

そう思った瞬間、肩の力が抜ける。

だから、このCDが捨てられないのかもしれない。
CDプレイヤーはない。
スマホで同じ曲を聴ける。
でも、このCDには、私がボーッとしていた時間が詰まっている。
リラックスしていた時間が、詰まっている。
それを捨てるのは、なんだか寂しい。

でも、場所は取る。
婚礼箪笥と信楽のたぬきに囲まれた我が家に、さらにCDの山は厳しい。
デジタル化、してみようかな。
パソコンに取り込んで、スマホで聴けるようにする。
そうすれば、CDは処分できる。
でも、データは残る。
リラックスする習慣も、残る。

年末までに、決めよう。
このCDをどうするか。
デジタル化するか。
それとも、やっぱり取っておくか。
婚礼箪笥は処分したいけど、CDは残したい。

クラシック音楽を聴きながら、ゆっくり考えよう。
身体がリラックスモードに入ったら、きっと答えが出る。

そう信じて、今日もまた、スマホで癒し音楽を流す。
CDはまだ、箱の中。
年末までに、もう一度向き合おう。

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