杉本博司―春日神霊の御生 御蓋山そして江之浦:2 /春日大社国宝殿
(承前)
杉本さんの展示を拝見する前に、春日大社本殿と若宮社に参詣。
春日山原始林を貫く参道を延々と往くと、忽然と現れる朱色の鮮やかな鳥居、そして社殿。何度来ても、この視覚効果にやられてしまう。
当日は小雨が降ったりやんだりの天候で、森林や足もとの苔は水っけを帯び、趣深かった。


春日の神域を描いた本展の出品作《春日若宮曼荼羅》(鎌倉時代 小田原文化財団)。
鬱蒼とした樹木、散在して花をつける桜、谷に沿って蛇行する小川といった景物描写には、つくられた植栽の自然とは異なる「野生」が感じられる。このような春日の風景は、現在もほとんど変わっていない。
中央を、黄金の道が貫いている。この道をじっさいに歩んだことで、本作の特殊性はことさらに強く印象づけられた。
突き当たりを右に曲がった先の社殿が、若宮社である。このルートはじっさいにはT字路になっていて、左に折れると春日大社の本殿がすぐに現れる。
実景どおりに描くのが春日宮曼荼羅の典型(下図)だが、本作は大胆にも本殿を省略し、若宮を強調した画面となっている。
人物が複数描かれる点も特徴的。画面手前では、僧侶ともうひとりの人物が、なにやら受け渡しをしているようにみえる。
みほとけの姿が描かれることはあっても、人の描写じたいがめずらしい。そのうえ、この意味深な場面である。
詳しいことはわかっていないが、若宮への篤い信仰を背景とした明確な意図のもと、本作が描かれているには違いないだろう。

若宮は、ともに春日大社本殿に祀られる天児屋根命(あめのこやねのみこと)を父、比売神(ひめのかみ)を母として、平安中期の長保5年(1003)に「御生(みあれ=誕生)」した。
その名のとおり、若々しい少年の姿をとって表される。宝剣を執り獅子にまたがるこちらの童形像も、本展の出品作である。
若宮に付属するふたつの社殿に、杉本さんの写真作品が1点ずつ展示されていた。
御廊には、額装の《日本海、隠岐》(1987年)。
常陸国の鹿島神宮から、大和の地へやってきた春日神。その旅路で見たかもしれない遠い記憶のなかの景色を、いつの世も変わらない普遍的な海原と水平線に重ねようとしたのであろうか。
神楽殿の《甘橘山春日社遠望図屏風》(2022年)は、江之浦測候所の高台から社を捉えた写真を、屏風装に仕立てたもの。
屏風は、若宮社のほうを向いて展開されていた。
2022年という同じ年に、御蓋山と江之浦で起こったふたつの「御生」は、かくして屏風越しの邂逅を果たしたのであった。鑑賞者はその中間に立ちながら、奈良と小田原との「遠くて近い」距離に静かに思いを馳せるのである。(つづく)

