杉本博司―春日神霊の御生 御蓋山そして江之浦:1 /春日大社国宝殿
奈良に行って、“奈良分” を補給してきた。
関西までやってきたのは別件のためだが、「せっかくだから」と真反対の奈良にまで足を延ばしたのは、健やかな暮らしに必須の栄養素 “奈良分” を補充することと、春日大社国宝殿で杉本博司さんの展覧会を観ることが主な目的であった。
まるで導かれるかのように、春日信仰ゆかりの遺物を次々と落手してきたという現代美術家・杉本博司さん。
昨年3月27日には、自身最大の作品ともいえるランドスケープ・デザイン「江之浦測候所」の一角に春日神を勧請。「甘橘山 春日社」という名の分社を創建した。
展覧会名にある「御生(みあれ)」とは、「神の生誕」を意味する。江之浦の地に、新たに春日神が「御生」したのである。
それに先立つ昨年1月29日から3月21日までは、神奈川県立金沢文庫で「春日神霊の旅─杉本博司 常陸から大和へ」を開催。たいへん充実の内容で、杉本さんの春日信仰をテーマとした展示としては集大成かと思われた。
しかしながら、「二の矢」もとい「本丸」が、同じ年の暮れにまだ控えていた。杉本さんの春日信仰に関する展示がまたもや……今度は、ほかでもない聖地・春日大社で催されるというのである。
こんなに短いスパンとは。開催の報に接した際は、耳を疑った。
ただし、冷静になってコンセプトを確かめてみると、「この時期に」「この場所で」催される必然性・蓋然性が、充分にあると理解できた。
春日大社では昨秋、若宮社が式年造替を迎えた。一定のサイクルで社殿を修繕し、調度を新調する造替は「再誕」を象徴する行為といえるが、今年はとりわけ記念すべき年。「20年に1度」という、近世までの本来の周期での造替が、今年から復活したのである。
ここにもうひとつの「御生」――御蓋山の春日若宮の「御生」がある。


若宮社はきわめて霊験あらたかで、春日大社の摂社ではありながら、非常に格式の高い社。毎年12月に開かれる例大祭「おん祭」は、大和国一国を挙げた盛大な祭礼として知られる。
造替後最初のおん祭を終えた翌週、12月23日に本展は開会したのであった。(つづく)

