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富士山の古代史

竹取物語に富士山が登場し、名前の由来が書かれています(不老不死の薬を捨てたことに因んで不死山、兵士を多く連れて行ったので富士山のダブルミーニングらしい)。これは私の研究「火と磐座と日本神話」によれば、記紀神話の「本歌取り」です。富士山は清寧朝に噴火したと言い(走湯山縁起)(清寧天皇の御名代部の白髪部は東国に多い)、781年 (天応元年→光仁天皇(平城宮)の諱は白壁)・800年(延暦19年)・802年(延暦21年)の記憶も竹取物語の成立時(9世紀後半~10世紀前半)にはあったでしょうし、富士山は火山と認識されていました。つまり火山と不死が結びつけられていたということです。不老不死の薬を捨てる話は、明らかにコノハナサクヤ姫を選んだニニギを意識していると思います。

竹取物語の登場人物が天武天皇に仕えた実在の人物をモデルにしていることは有名ですが(天智朝/平安朝視点で天武朝/平城朝・飛鳥朝を皮肉る意図もあったと思います)、ダブルミーニングで垂仁五大夫もモデルにしていることはあまり知られていません(日本書紀編纂時にこのことは意識された可能性もあると思います)(今は見解を修正していますが拙稿)。藤原不比等を車持皇子と表現したのは、母の上毛野君の血を強調して日向八綱田と垂仁天皇を意識させる為ですし、彦国葺(和珥氏)に変えて多治比嶋を石作皇子と表現したのは、(不死に関連して)石棺を強調し、石作氏のエピソードで垂仁天皇を意識させる為だと思います。私は垂仁天皇を山幸彦(彦火火出見尊)(霧島ないし阿蘇山)のモデルだと考えています(参考ポスト1参考ポスト2)。

また富士山の麓の浅間山古墳(東海地方最大の前方後方墳で、須津古墳群で初期の築造)ですけど、富士氏(和邇部氏)の古墳と考えています。ワニ=ダ龍=蛇行剣(登美首の祖の日向の剣(富雄丸山古墳))で富士山の神のコノハナサクヤ姫(鰐=豊玉姫の義母です)と関係します。

上野国の浅間山古墳も重要です。これは(垂仁朝の日向八綱田に関連して)上毛野君の祖とされる(景行朝の)御諸別王の古墳の可能性が高い。御諸山=三輪山で磐座と深く関係する名前です。崇神天皇紀に(上毛野君の祖の)豊城入彦皇子が御諸山に登った夢で東国征服の担当になっています(武渟川別も無視出来ませんが、尾張の和珥氏あたりも実働部隊だった可能性もあります)。

時代は下りますが、埼玉古墳群と同所の前玉神社も浅間塚古墳の上に鎮座します。これは(聖徳太子の)上宮乳部に関係するのでしょう(壬生(ミブ)氏が和珥氏で、埼玉古墳群が大彦命系の武蔵国造族(杖部氏)で、大彦命(後裔の膳臣は聖徳太子や関東と関係が深い)と彦国葺命(和珥氏)は並んで活躍します。

古墳時代史に富士山はあまり関係ないみたいなことも言われますが、いやいやとんでもない話ですね。日本神話で火山は重要だと見ていますし、幾ら古代でも富士山の重要性に日本人が気づかないはずがないです。

2025年9月22日追記)富士市の約1400年前の古墳から出土した武器を展示(静岡NHK 09月21日)

富士市の東海地方最大の前方後方墳が浅間古墳。築造時期は古墳時代前期後半とされ、垂仁朝の築造と考えていいと思う。垂仁五大夫には和珥氏が含まれ、垂仁朝は富士山と深いかかわりがある竹取物語のモデルの一つになった時代。富士氏は和邇部氏と伝わっています。

和邇部氏は恐らく曽我部氏と同じで、和邇の地の在来氏族が和珥氏に吸収されてできた氏族と思われ、纏向時代に諸国に拡散した可能性が高い。和邇部君手は美濃の人ですが、壬申の乱で活躍して氏上となり、富士市の和邇部氏とも関係を持った可能性はあるでしょう。

参考記事:天照大神(モモソ姫)の下、大和朝廷/倭国は形成され、素戔嗚尊(孝元天皇)の子孫が統治するという記紀神話

垂仁天皇は山幸彦(彦火火出見尊)のモデルとなったと考えていますが、その母が木花開耶姫で、その父が大山祇神(三島神)で伊豆はすぐ側。三島のコソベ氏が垂仁天皇の母の父の大彦命系氏族でアマと隣接しています。山幸彦の妻のトヨタマヒメは丹波系の垂仁天皇皇后と重なり、浦嶋太郎が丹波の話。

2026年2月11日追記)駿河国富士郡の古墳(古墳時代前期)。浅間神社が古墳の上に建っていたことからも、富士郡の名神大社の浅間神社の神官の和邇部氏(和珥氏)の古墳の可能性が高いと思います(富士郡内でも距離はあります)。富士郡の式内富知神社も浅間神社関連神社です。古墳時代前期(垂仁朝)には右京皇別の和邇部氏の祖の彦国葺命が活躍したと見られ(日本書紀・新撰姓氏録)、発掘調査で明らかになるでしょうが、築造年代と一致する可能性も高いです。

よく言われるのは珠流河国造(偽書:先代旧事本紀)ですが、駿河郡ではありませんし、浅間と関係した証拠がなく、実は駿河国造は確かな史料に見えません。物部氏という証拠もありません。

なお、甲斐国八代郡にも名神大社の浅間神社がありますが、時代が新しいようです(日本三代実録)。

見出し写真はウィキペディア「富士山本宮浅間大社」拝殿前にて撮影(わたり鳥)。


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