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展覧会をつくろうとする/残そうとする——誰かに手紙を書くように、自分ができることをなんとかやっていくこと

「みちのおくの芸術祭 山形ビエンナーレ2024 いのちをうたう」のプロジェクトのひとつ、周遊型展覧会+パフォーマンス「ひとひのうた」のうち、周遊型展覧会に焦点をあてた映像をビデオグラファーの岡安賢一さんに頼んでいて、その制作状況が、最終版に近くなってきたため、出品作家はじめ関係者の方々にチェックのお願いでシェアをしている。この映像は、「未明」「朝」「昼」「夜」そして「蔵王うたのみち」というセクションを、その連続性とともにまとめることを意図して制作をお願いしているもので、付き合いがもう約10年になった岡安さんには、その全幅の信頼から全面的に制作をお任せしており、他方、僕からも、ここはぜひこういう意図があったからこうしていただきたい…、ということも提案したりしながら進めてきた。年明け、1月中にはYouTubeで公開ができるのではないかと思う。

こちら「旅——蔵王へのいざない」は、芸術祭会期中に岡安さんが作ってくださったもの。現在のものは1時間弱ほどのボリュームになる。そういえばタイトルを決めていないけれども、あるといいのかもしれない。

9月16日に山形ビエンナーレが終了してから、「ひとひのうた」は、映像制作は岡安さんに一任をして、それとはまた別の「展覧会の残し方」として、本の制作が始まっている。

もともと、展覧会の記録としてのカタログをつくる予定はなく、それは、予算上の問題が大きいのだが、展覧会の内覧会・前夜祭が8月31日にあり、9月1日に開幕して、17日連続・毎日蔵王にいるなかで、これは、映像以外にも、本として残さないといけない、と強く思うようになった。

それは、なにより、展覧会に出品してくださったアーティストの作品がどれも素晴らしいものであったこと。しかし、今回に限らず、展覧会は、始まったら終わってしまうもので、残念ながら「ひとひのうた」ももうそこにない(唯一、前野健太さんの作品「冬の児童遊園」が、土地所有者の方の希望で残っている)。

前野健太「冬の児童遊園」
デザイナー:平野篤史 制作:中川ケミカル 施工:アートエッグ 場所:えびや旅館 車庫

また、屋内外の会場20数箇所を周遊して鑑賞する「周遊型展覧会」という形式で全体を構成しながら、推奨するルート通りに見ていただくことはとても難しく、その点に大きな反省が残った。

という中で、作品を本の中に残すと同時に、改めてこちらの意図をまとめなければならないという思いが生まれ、予算はないけれども、お金はどうにかすればいいというところから、内覧会・前夜祭に来てくださった大谷薫子さんに、本をつくりたいのですがご検討いただけませんかと会期半ばの9月9日にメールをした。大谷さんは、モ・クシュラという出版社をされていらっしゃって、僕が2022年8月、iwao galleryで自主企画「『flows』を見る/読む」をした際にギャラリーの磯辺加代子さんから紹介いただいた。また、その際には、書籍の仕事を中心としてデザイナーをされている岡本健+さんもご紹介いただいて、その岡本さんが僕と同じ「マエケンファン」(前野健太ファン)であることを、そのとき知った。岡本さんの本を大谷さんがつくられて、その刊行記念のトークイベントに呼んでいただいたのは、僕の今年のとても楽しく、大切な出来事の一つだ。

なにかをつくるというとき、僕は、誰かから力をいただかないと、それができない。キュレーター/学芸員というのは、基本的にそういうもので、自分ひとりでは展覧会もできず、カタログもできない。いや、できる!という超人のような人もいるのかもしれないが、僕はできず、その「自分では何一つできない」ところから声を上げることがスタート地点になっている。

例えば、アーティストへの出品依頼であれば、「その企画自体の概要はどんなものか」「その上でなぜ依頼をするのか」「企画における作品のイメージはどういうものか」「お願いするにあたっての謝礼や経費はどうなっているか」「想定されるスケジュール」などなど、こちらから相談をする時点で、伝えられる範囲のことをすべて伝え、その上でなおまだ確定しないことはのちのちお伝えするものとしながら、メールや、電話や、直接話すなどのことをして、できるかぎりの意図を最初にお伝えする。

僕にとってそれは、(メールが基本だが)大切な手紙のようなもので、その一報にこちらの動機・意図がしっかり乗っていなければいけない。そうでなければ、検討などしてもらえるものではないし、それでも足りない場合もあるし、もともとの知り合い、友人のような場合でもそれは変わらない。僕たちはそれぞれに、思想、信条、信念があり、その上で、仕事があり、生活を行っているから。

大谷さんにも、まず、(今読み返したらそれほどの長文ではないものの…)ご相談のメールをお送りして、その後、やり取りをする中で、うちで作るのであれば岡本健+さんにデザインをお願いしたいという話となり、それは僕としては願ってもないことであって、それならば、もう一度蔵王にお越しいただきたいとお願いをしたところ、おふたりは、16日間という短い会期の最終週に、改めて蔵王温泉に足を運んでくださった。

その後、ビエンナーレが終わって三ヶ月ちょっとが経つなかで、本の制作がだんだんと進んでいる。「ひとひのうた」の記録・アーカイブとしての側面をもちろん持ちながら、それだけでは改めて本として作る意味がないのではないか、本だからこそできることや、アーカイブだけではない側面をどう出すことができるか…などの意見をお互い率直に交換し合いながら、いわば、新しい「ひとひのうた」を作るような気持ちで、制作が進んでいる。

僕は、新しくいくつかの文章を書き、また、幾人かの人たちにインタビュー取材や対談をさせていただくなどして、展覧会が終わったからこそできることを、大谷さん、岡本さんとのやり取りの中で、行っている。できるだけすべてを共有しながら、ともに一つのことを作ろうとしているいまの状況は、何よりもありがたい。

岡安さんによる映像がそうであるように、この本もまた、展覧会とは別のメディアであるからこそできること・体験できることを表現できれば素晴らしいと思っていて、どこまでそこに肉薄できるかということを考えている。2025年3月中に書店発売ができれば…と思っており、ご期待をいただけると嬉しい。

その制作の過程で、「キュレーターはなにができるのか?」ということをよく考える。これは、「僕はなにができるのか?」ということなのだが、先日、長い付き合いのアーティストの友人ふたりとの忘年会で、「僕は、自分の仕事によって、少しでも、この世界がいいものになるといいと思っている」と言った。え、そんなこと言うのか、と自分でも驚くけれど、そういう気持ちがここ最近ある。そういう気持ちがなければ、仕事をする意味などないのではないか、と思っている。

「この世界」という言い方は広すぎるのだが、つまり、仕事を、自分のために、とか、自己表現として、とかいうことではないということ。僕の場合の仕事とは、「展覧会を作る」「文章を書く」「話す(講義、レクチャー、トークなど)」などのことなわけだけれども、そういう限られた、かつ特殊な「自分ができること」の中で、「自分のために」というのは、つまらなく、意味がなく、そういうステージからはもう降りる。

キュレーターの語義にはケアがあって…という最近よく言われることではないけれども、キュレーターに限らず、人は、自分以外の誰かが生きていく上で必要だ(キュレーター自身もまたケアが必要だろう)。もっとも、関係性に対する考え方の違いはあるから、難しいのだけれども、とにかく、「自分のために」がつまらないのは、結局、それの行き着くところのひとつとして、競争、勝ち負けの世界があるからだ。そんなことをしている場合ではない。あるいは、単純に、自分のことばかり考えている場合ではない。

そう「腹を決めた」ことが、僕にとっての2024年で、それは、山形ビエンナーレ2024でのさまざまな経験がやはりとても大きなものだった。そうして、自分の中での「理」にかなわないことはしないということを、僕は決めた。その上での来年がある。

来年は、「ひとひのうた」の映像を1月中旬ごろに公開したく、そのための確認が年末年始にかけて続いている。本は、3月には出したく、そのイベントをそれこそ蔵王温泉や都内でもできるといいなと思っている。

春以降は、長い付き合いになりつつあるアーティストとのチームで都内の展覧会に関わる予定があったり、信頼するアーティストとの本をつくることも進んでいきそうで、楽しみなことばかりだ。

2025年は、2024年に比べれば、心身ともにゆったりとした気持ちをいまのところ持っているので、何か僕がご一緒することでよいものになる可能性があることであるならば、声をかけていただきたい。

42歳を迎えた誕生日の12月27日、とてもお世話になった蔵王温泉の女将から電話があって、僕はそのとき日本大通りのドトールにいたので一体何だろうと思いながら出たら、誕生日おめでとうと言われて、そういうことで僕は生きていける。単純に。

写真:三浦晴子

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