見出し画像

言葉の押し花

─────エッセイ

妻は記念日にとてもマメな人だ。結婚して最初に迎えた「母の日」に、お互いの母親に花を贈ろうと妻が提案してくれた。当日、ぼくの母から歓喜の電話があった。

「母の日にお花もらったの初めてなの。嬉しかったわぁ、ありがとう☆」

いままであげてなかったの? ── 妻のあきれ顔には気が付かないふりをして、喜んでくれて良かったね、と話しを逸らしたのは十数年前のこと。

以来、母や父の誕生日の贈り物や食事会の段取りは、「そろそろだよ? 今年はどうするの? こんなお店があるよ」と、いつも妻が率先して準備してくれた。

-

次男が小学校にあがった頃からだと思う。母の誕生日のプレゼントにカードを添えるようになった。覚えたてのひらがなで「おめでとう」と書く次男。漢字交じりで「たん生日、おめでとう!」と書く長男。ぼくと妻もひとことずつ、メッセージを書き添える。年齢が上がるたびに子どもたちの文章も変化していった。コンクールで入賞した喜びを伝えるときもあれば、「大晦日に遊びにいくのが楽しみだよ」と母が喜ぶ言葉が書かれるときもあった。長男が反抗期だったころ、「おめでとう」のひと言しかなかった年もある。

その時そのときの、孫たちの感性がカードに閉じ込められた言葉の押し花。読み返せば、母も色んな思い出がよみがえるかもしれないが、今は難しい。会うたびに母との会話が成立しづらくなっている。検査では、顕著な脳の萎縮は見られなかったが、症状は強まっている。

-

禍のリスクを少しでも減らすため、施設にいる母と面会できる日は限られている。今年は、誕生日当日にカードを直接渡すことはできなかった。事前にスタッフに預けておき、当日母に渡してもらうことにした。

次男は、来年の春から中学生になる抱負を書いた。妻は、とても彼女らしい言葉で母の誕生日を祝福した。そして、長男の文章はとても短かった。

── 元気になることを願っています。

長男が時間をかけて書いたことは知っている。何度か子ども部屋を覗きに行き、「まだ?」、「もうちょっと」という会話を繰り返したから。

長男が母へのカードで敬語を使ったのは初めてだと思う。長男は、兄と僕以外で唯一、体が不自由になった母と直接会ったことがある。入院していた病院から施設に移る間の数日間、一時帰宅した母は、初孫である長男にどうしても会いたいと切望した。部活の合間をぬって、長男は母に会いに来てくれた。

母の様子は伝えていたけど、長男が思っていたより母の体調はよくなかった。ショックだったらしいと、あとで妻から聞いた。

だからこそ、長男は言葉選びに悩んだのだと思う。昔なら、「早く元気になってね」と、素直な気持ちを書いたに違いない。でも、母の姿を見て、会話をして、数時間といえど同じ場所で過ごした長男には、その言葉は書けなかったのだと思う。

── 願っています

その言葉には、叶わぬ想いが交じっている。夢を見るように願う一方で、難しいかもしれないと、現実を見つめたときに出る言葉だ。

長男は、そんな言葉の機敏を感じられるようになったんだな、と思った。長男の想いが詰まった、とても短い言葉を見ながら、誕生日カードにぼくも短いメッセージを書いた。



いいなと思ったら応援しよう!