七福神シリーズ3|【第4話:美の泥仕合と、禁断の珠(前編)】
静まり返っていた宮廷の空気は、今や毒々しい桃色の魔力に侵食され、吐き気を催すほどの熱気に包まれていた。
「お任せを、房子様ぁぁ! 俺の“推し活”を邪魔する不届きな神どもは、地獄の底までペンライトで照らし尽くして差し上げましょうぞ!」
蘆屋道満が咆哮する。
彼が「ペンライト八刀流」で振り回す光の軌跡からは、おぞましい数の目玉式神が噴き出し、粘着質な視線を七福神たちへ突き刺した。式神たちは不気味なチャントを唱えながら、宝船の周囲をじわじわと包囲していく。
「ちょっと待ちなさいよ、この盛りすぎ厚化粧ッ!」
狂乱を切り裂くように、鋭い声が響いた。
ボロボロになった羽衣を翻し、一歩前に進み出たのは、美の女神・弁財天。奪われた琵琶に代わり、彼女の美貌は怒りで紅蓮の光を宿していた。
「あらぁ~? 琵琶も持てない“自称・女神”様? そのシワ、私の最新ファンデーションで埋めてあげましょうか? かわいい房子からのご奉仕ですぅー♡」
中臣房子はアヒル口を崩さぬまま、勝ち誇ったように笑う。
その指先には、奪い取ったばかりの「福徳」の輝きが、まるで安っぽいネイルアートのようにまとわりついていた。
「はぁ~あっ!?
あなたのその顔、厚塗りを剥いだら般若の間違いじゃないの?
ぶりっ子も大概にしなさいよ、この小娘がぁー!
伝統ある宮廷の美を、そんな下品なピンク色で塗り潰して
……審美眼が腐ってるんじゃない!?」
「なんですってぇ!? 古臭ぁーい価値観を押し付けないでくださるぅ?
このピンクは今年の最新流行色ですのっ!」
「やるっていうの!?」
「望むところですわ!」
美の女神と、美に執着する凡夫。
女二人の凄まじい口喧嘩に、それまで威勢の良かった霊獣や侍従たちは
「ヒェッ……」と身を縮め、石像のように硬直した。
空気が凍り付くどころか、火花で焼け焦げそうな勢いである。
しかし、戦況は残酷だった。
七福神たちは主要な「福徳」を房子に奪われ、神力の源を絶たれている。
道満が繰り出す「ガチ恋結界」の粘りつく魔力に足を取られ、
武神である毘沙門天でさえ、
千切れては湧き出す目玉式神の群れに防戦一方を強いられていた。
「うむむぅ……こうなったら、禁じ手を出すしかないかのぉ……」
寿老人が、苦渋の決断を下す。
懐の奥底、神代より封鎖されてきた重い布の中から取り出したのは、周囲の光をすべて吸い込むような、鈍く銀色に光る小さな珠だった。
――『月のかけらの珠』。
「これを出せば、地上の理も、神話の均衡も崩れるかもしれんがの。
まぁ、このままじゃ埒もあかんしなぁ……」
寿老人が珠をポイっと、道満に向かって投げた。
その瞬間、宮廷を支配していた不快な熱気が一瞬で消え、
真空のような静寂が訪れる。
この珠には、古くから伝わる恐ろしい特性があった。
授かった者が、その瞬間に最も「気にかけて求めるもの」の声を、魂の底から引きずり出して映し出す。それは救いであり、同時に残酷な鏡でもあった。
珠が、染み込むように道満の体内へと流れ込んでいく。
道満の動きが止まった。
やがて彼の目は、恍惚とした歓喜に細められる。
「おお……これだ……ついに、ついに来た! 神よ、我らが主上よ! ついに、この道満に“究極の呪”を授けてくださるのですね……!」
道満には、一体何が見えているのか。
珠が引きずり出した「真実の声」が、宮廷をさらなる混沌へと突き動かしていく――。
(後編へ続く)
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