七福神シリーズ|祈紙(いのりがみ)編 【痛みの祈り、神からの贈り物】
難病を抱える女性が、痛みの中で見つけた小さな希望の物語です。
人々が祈る、願う声は
やがて祈紙(いのりがみ)となって
神の手元へ届く。
祈りの強さや重さによって、
その紙はさまざまな色を帯びる。
神たちは今日も、チリーン、チリーンと
降ってくる祈紙を受け取り、
ひとつひとつを静かに仕分けていく。
これは――
その祈紙の、ほんのひとかけらを
垣間見るお話。
ここからは、その祈紙に導かれた一人の女性の物語。
こわばる体を引きずるように、
やっとの思いで歩いていた優子。
診察の帰り道、
鬱蒼とした木々の隙間から、
古びた鳥居と苔むした狛犬がふっと姿を見せた。
「あら……こんなところに神社なんてあったかしら」
自分でも驚くほど自然に足が向き、
気づけば祠の前に立っていた。
重い鈴緒を握り、
ゆらり、ゆらりと揺らす。
カラン……カラン……
その音は、胸の奥の痛みを震わせるように響いた。
優子は、
押し込めてきた怒りや悲しみを
どうしようもなく吐き出すように、
祈りというより“叫び”に近い思いを巡らせた。
「どうにかしてよ……
もう、これ以上は無理なの……」
その瞬間、
優子の祈りは赤い光を帯び、
ふっと空へ吸い込まれていった。
チリーン……チリーン……
今日も祈紙が舞う祠で、
七福神たちは仕分けに追われていた。
眠気まなこで鹿に半分身を預けている寿老人。
片手を伸ばし、ひらりと落ちてきた一枚を掴む。
それは、深い赤の祈紙だった。
触れた瞬間、
寿老人の掌に“痛み”が走る。
「……これは、急を要するのう」
祈紙の主――優子の祈りが、
かすかな震えとなって寿老人の胸に流れ込んでくる。
痛み、孤独、怒り、絶望。
その奥に、かすかに残った“助けて”という声。
寿老人は目を細め、
祈紙を胸にそっと当てた。
「よい。
ならば、ひとつ灯りを置いていこうかの」
その言葉とともに、
寿老人は小さな白い影を優子のもとへ導いた。
その夜、優子はいつものように、
痛む身体を抱えたまま布団の上で丸くなっていた。
薬の副作用で揺れる頭。
痛みで眠れない胸。
世界は暗く、部屋の空気は重く、
自分の呼吸さえ遠く感じられた。
「もう……どうしたらいいの……」
その呟きは、誰にも届かないはずだった。
けれど――寿老人には届いていた。
祠の奥で、寿老人は赤い祈紙を胸に抱き、
静かに目を閉じる。
「そなたの闇には、灯りが必要じゃのう……」
その言葉とともに、寿老人の指先から
白い光がふわりとこぼれた。
光は風に乗り、
優子が歩く明日の道筋へと、
そっと先回りしていった。
翌日。
診察の帰り道、優子は沈む心を引きずるようにして、
古い商店街を歩いていた。
ふと、一軒のペットショップの店先で足が止まる。
数あるケージの中で、ひとつだけ、
まるで内側から柔らかな灯りが漏れているように見える場所があった。
そこにいたのは――小さな白いウサギ。
雪のように柔らかな毛並みを震わせ、丸くなっている。
けれど、優子と目が合った瞬間、
その瞳がまっすぐに彼女を捉えた。
黒くて、まん丸のきれいな瞳。
「……っ」
優子は痛む体を折るようにして、
ゆっくりとその場にしゃがみ込んだ。
今まで針のように尖っていた心のトゲが、
ウサギの純粋な瞳を見つめているうちに、
じわりと溶けていくのを感じる。
痛みで濁っていた視界が、少しずつ
ほどけ始めて、クリアになってゆく。
触れたら…?
見るからに「ほわほわ」なウサギに触れてみたくなった。
温かさをこの手で感じてみたかった。
ケージの中に指を入れると、
ウサギは目を閉じ、
ピトっと、頬を寄せてきたっ。
震える声でこう呟いていた。
「……うちにおいで」
その瞬間、
止まっていた優子の時間が、
静かに、けれど確実に動き出した。
祠の奥で、寿老人は満足げに目を細め、
手元の赤い祈紙をそっと撫でた。
「痛みの祈りには、必ずひとつ灯りを置いておくものじゃ。
そなたがあの子を見つけられたのは、偶然ではない。
……まだ光を求める心が、そなたの中に残っておった証よ」
寿老人は、傍らに寄り添う鹿の背を優しく叩く。
「希望とはのう、痛みに耐えた者だけが手にできる宝。
……さて、その小さな命と一緒に、ゆっくり歩いていくがよい」
優子の胸に抱かれたウサギの体温は、
何よりも確かな「生きる理由」となって、
彼女の明日を照らし始めていた。
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