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#40 一度、Will に振り切ろうと思う

昨日、フリーランスになってから初めての半日休暇を取った。

午前中にラジオ収録と note の投稿、そして少しの事務作業を終えて、12時頃に妻へ LINE で「今日は午後休暇にするね!」と伝えた。

許可を取っているわけではない。ただ、自分としてオープンでいたかった。妻が「夫は仕事をしている」と思っている裏で、自分だけ休んでいる状態がなんとなく嫌だったのだ。(妻は、「ええやん、ゆっくりしてきな!」と快く送り出してくれた。ありがたい🙏🏻)


飛行機雲と、巨大な馬

そのままスーパー銭湯へ向かい、久しぶりのサウナに入った。高温で、いわゆる「黙浴」が徹底されている、いいサウナだった。

私はサウナに入る時、自分の肌が感じる熱さを「観察」する。

マインドフルネスの手法に「ボディスキャン」というものがある。手のひら、腕、肩、胸、背中、足先……というふうに、身体の各部位の感覚に順番に意識を向けていく方法だ。私はサウナでこれをやる。

変な話をすると、単に「熱い」と感じるのではなく、熱振動をしている空気中の粒子が猛烈な勢いで肌にぶつかってくるイメージを思い浮かべる。無数の窒素分子や酸素分子が、絶え間なく身体に衝突している感じだ。

おそらくこれは、SF 小説『三体』を読んだ影響が大きい。この作品では、宇宙規模のマクロな世界と、素粒子レベルのミクロな世界が同時に描かれる。読んでいると、自分の想像力のスケールが両方向へ強烈に拡張される感覚がある。未読の方はぜひご一読を。


サウナを出たあと、外気浴スペースの椅子に寝転び、空をぼんやり眺めていた。

すると飛行機雲が一本できて、少しずつ薄れ、最後には消えていった。飛行機雲の発生から消滅までを見届けたのは、人生で初めてだった。

こういう時間は、今までになかった。

4月に独立してから、フリーランス生活は 2ヶ月目に入った。この日は自分の意思で「休む」と決めた。しかも、翌日を働く日にするか休みにするかも、自分で決められる。

この自由さを前にして、ふと「自由とは何なのか」という哲学的な問いを考え始めた。

今の私にとって、自由とは「巨大な馬」のような存在だ。

象のように大きく、とてつもない馬力を持っていて、乗りこなせれば遠くまで行ける。しかし落馬すれば大けがをし、そのまま引きずり回されて人生が破滅するかもしれない。そんな怖さもある。

しかも、この馬の表情は見えない。

穏やかな気性なのか、暴れ馬なのか、気分屋なのか。乗ってみないと分からない。今の私は、まだおっかなびっくり背中に乗り、手綱を握っている状態だ。

Chat GPT に描いてもらった「馬」


ただ、一つだけ確信していることがある。毎日のルーティンが生命線ということだ。

具体的には、就寝前のジャーナリングと、朝 5:00 に起きてする読書とラジオ収録が、この馬を乗りこなすための手綱になっている。

以前、「2日連続でジャーナリングをサボらなければ、人生はいい方向に進む」と書いたことがあるが、今も本気でそう思っている。少なくとも落馬したり、変な方向に進むことはない。

自由が手に入ったと思っても、この「自由という馬をどう乗りこなすか」という問題からは逃れられないという意味で、「自由という名の不自由」なんて言い方もできる。

そんなことを考えながら、ここまでのメモを ChatGPT に投げたところ、「エーリッヒ・フロムの『自由からの逃走』の考え方に近いですね」と返ってきた。学生時代に一度読もうとして挫折した本だが、今の私なら、きっと違う読み方になるはずだ。今月中に、時間を作って読んでみようと思う。

いつの間にか、Will を置き去りにしていた

「自由」という馬に乗って突きつけられるのが、「自分はどこに行きたいのか」という問いだ。「自分の Will(意志)は何か」とも言い換えられる。

就活や転職活動では、「Will・Can・Need」というフレームワークがよく使われる。

Will はやりたいこと。
Can はできること。
Need は外から求められること。

これら 3 つが重なるところを探すのがセオリーだが、振り返ると、私のキャリアの前半は圧倒的に Can と Need に寄っていた。

会社から求められる Need があり、それに応えるために Can を増やす。足りなければ勉強し、時間と労力を投入して乗り切る。それをずっと繰り返してきた。

もちろん、それ自体は悪いことではない。実際、その積み重ねが今の自分の土台にもなっている。

ただそれを続けていると、Will がどんどん後回しになる。気づけば、「自分は本当はどうしたいのか」を考える余裕すらなくなっていた。

最初に違和感を感じたきっかけは、とある上司の一言だった。社内異動の時期に「私は自分の異動情報には興味がない。どこであろうと、その部署の仕事をやるだけだ」と豪語した言葉が、今でも頭に残っている。

どこまで本心だったかは分からない。ただ、「Can と Need だけの世界」で長く生きていると、こうなっていくのかもしれないと思った。そして私自身はどうしていきたいのかを、少しずつ考え始めた。

Will に全振りするという選択

そこから数年かけて、読書とジャーナリングを通じて少しずつ考えが変わってきた。ひとつのターニングポイントになったのは、『夢をかなえるゾウ』を読んだことだ。

Will・Can・Need のすべてが重なる場所がある。むしろその方が個人単位でも社会単位でも豊かになる。そんな世界が存在するかもしれないという感覚を、初めて持った一冊だった。

その後、30 歳を過ぎて転職活動を始め、最終的に「① 似た業種でキャリアアップになる道」と、「② まったくの異業種である、教育系ベンチャーへの道」という 2 つの選択肢が残った。

私が選んだのは ② だった。

「Can と Need の世界との決別」を、あの時の自分はちゃんとできていたと思う。今振り返って、当時の自分に「よくぞ決断してくれた!」と最大級の感謝を伝えたい。

今の私が目指しているのは、Will・Can・Need の 3 つが高い密度で重なる場所だ。ただし順番として、まず Will にフォーカスする。次に、そこに重なる Can と Need を探していく。そうしなければ、きっとまた Will を置き去りにしてしまう。

この note を読んでいる方の中に、「自分は本当はどうしたいのか」と悩む人がいたら、Can と Need の世界に長く身を置いてきたことで、Will への感度が麻痺している状態かもしれない。過去の私のように。

悩んでいる時点で、何かを変えたいと思っている証拠だ。大きな変化でなくてよいので、まずはジャーナリング(& 読書)によって、少しずつ「自分の Will に耳を傾けること」を始めてほしい。




最後までお読みいただき、ありがとうございました!(今回はエッセイ調で書いてみました📝)

note の内容は、余談を交えながら Podcast でも話しています。興味を持ってくださった方は、ぜひ聴いてみてください🎧️

▼浩平のプロフィール
・コーチ 4年目(2026年5月現在)
・京大院 → 技術職 9年 → 教育ベンチャー 3年 → 独立
・座右の書:Atomic Habits
・好きな習慣:早起き / 読書 / 内省 / 筋トレ

「理系院卒 → 大手終身雇用」というレールを離れ、ライフコーチとして独立しました。自分の意思(Will)でキャリアを選択するための、読書やジャーナリング習慣の重要性について発信しています。

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