もし9.11がクリントン政権下で起きていたら?
――アメリカの「相対的衰退」は、ここまで急激だっただろうか?
2001年9月11日は、アメリカの進路だけでなく、その後の世界史の流れを決定的に変えた日だった。だが同時に、こうも考えられる。もし、9.11がブッシュJr政権ではなく、クリントン政権下で起きていたら、アメリカの選択は違っていたのではないか? そしてその違いは、アメリカの「相対的衰退」の形を、大きく変えていたかもしれない。これは単なるノスタルジーではなく、戦略とコストの話になる。
◼️9.11以前、アメリカは既にアルカイダと交戦していた
よく忘れられがちだが、9.11以前、つまり1990年代から、アメリカ (クリントン政権) はアルカイダと事実上の戦争状態にあった。1993年には最初の世界貿易センターでの爆破事件があった。1998年にはケニアとタンザニアのアメリカ大使館が爆破され、224人が死亡した。 報復として、クリントン政権はスーダンとアフガニスタンのアルカイダの拠点を 巡航ミサイルで攻撃した。また、9.11の直前の2000年には、USSコール爆破事件が発生し、17名のアメリカ軍兵士が死亡した。このように、アルカイダは「突然現れた敵」ではない。国家を持たないテロ組織として、管理すべき脅威と認識されていた。ここで重要なのは、当時の発想が、後のブッシュJr政権の思想と異なり、「全面戦争」ではなく、クリントン政権の志向は「限定的・多国間・コスト管理型の対テロ」だった点だ。
◼️アフガニスタンには行っただろう。イラクには行かなかった
こういった経緯を踏まえると、仮にクリントン政権下で9.11が起きていれば、アフガニスタンへの軍事介入は行われただろう。タリバンがアルカイダを匿っていた事実は明白で、NATO・国連の支持も得やすい。
しかし、イラク戦争はほぼ確実に起きなかったと私は考える。理由は単純だ。湾岸戦争から既に10年近く経過しており、イラクのサダム政権は「封じ込め可能な脅威」だった。大量破壊兵器の即時危険性は明らかに誇張されていた。そして、合理的に考えれば、そもそも体制転覆戦争は、費用対効果が悪過ぎる。そして実際、その「悪さ」は以下の数字ではっきり示されている。
◼️イラク戦争のコストは、想像を遥かに超えていた
イラク戦争と対テロ戦争全体にかかったコストは、控えめに見積もっても約2兆ドル、広義では3兆〜4兆ドル規模とされている。内訳を見れば、その異常さが分かる。直接的な軍事費は約8,000億〜1兆ドル。退役軍人医療・障害補償など間接的なコストは、今後数十年で1兆ドル超と推定。アメリカ国債の利払い (戦費を国債で賄った結果)は数千億ドル。間接的経済損失・機会費用は計測不能の規模だ。これらの数字は、NASA予算の数十年分、全米のインフラ更新計画を複数回実施できる額、また対中抑止のための海空戦力を桁違いに強化できた資源に相当する。
イラク戦争は単に「高くついた戦争」では済まない。アメリカにとって、完全に戦略的に致命的な投資ミスだった。取り返しのつかないレベルで、アメリカの国力を致命的に削ってしまったのだ。その結果、本来はまだ遅らせることが可能だったにも関わらず、2000年代初頭という早いタイミングから、アメリカの相対的な覇権の衰退を招いてしまった。教育やインフラ、医療など本来はアメリカ本国内に投資できた未来のために投資するべき資金を、ブッシュJr政権は中東の混乱に費やしてしまった。この経緯を踏まえると、私はブッシュ大統領の責任は非常に重いと考える。
◼️海南島事件が示していた「あり得た未来」
2001年4月の海南島事件は象徴的だ。この事件は、米中の軍用機が接触し、アメリカ海軍の偵察機が中国の海南島に不時着した事件。ブッシュJr政権の発足直後に発生し、中東で頭が一杯になる前の、米中の最初の覇権争いが視覚化された事件だった。それでもアメリカは、その後も中国近海で偵察活動を継続した。一方で軍事エスカレーションを抑制し、外交交渉で乗員を帰還させたのだ。このクリントン政権の動きは、「中国を過剰に刺激せず、しかし抑止は緩めない90年代のアメリカ外交の典型」だった。もしアフガニスタンと中東で20年の歳月・数兆ドル規模の国富を消耗していなければ、この姿勢はアメリカの対中戦略として今よりも格段に洗練されていた可能性が高い。
◼️コルビー的リアリズムは、実は90年代の延長線上にある
対中強硬派(China Hawk) として有名な現在のトランプ政権のエルブリッジ・コルビー (Elbridge Colby) 国防次官の対中戦略は、革新的に見えて実は保守的だ。クリントン政権の対中政策の延長と深化バージョンとも言える。コルビー氏の著作「The Strategy of Denial」で書かれている、「中国本土の民主化幻想を捨てる」、「中国共産党一党独裁の体制転換を狙わない」、「台湾と第1列島線にアメリカと同盟国の軍事力を集中させる」、「ヨーロッパや中東などでの不要な戦争を避ける」など政策はクリントン政権でほぼ実行されていたのだ。コルビー氏の考えは、1990年代の民主党政権が本能的に持っていた戦略感覚と極めて近いのだ。違うのは、中国が当時より遥かに強大になったという1点だけだ。
◼️アメリカの衰退は不可避だったが、自己破壊的ではなかったはずだ
中国の台頭、人口動態、グローバル化などを考慮すると、アメリカの相対的優位が薄まること自体は避けられなかった。だが現実のアメリカは、イラク戦争で国際的信認を失い、アフガニスタンとイラクでの2正面戦争で戦略資源を浪費してしまい、国内での社会の分断と財政制約を深刻化させてしまった。これは「自然な覇権調整」ではない。自ら選んだセルフダメージによる加速だ。衰退を20年は自ら前倒ししてしまったのだ。
◼️結論: アメリカは負けたのではない、消耗し過ぎた
この仮定論が示すのは、単なる「たられば」ではない。アメリカは外敵に敗れたのではない。自ら、戦う場所と方法を誤った。自ら墓穴を掘った。そして皮肉なことに、その誤りは冷戦に勝ち、従軍経験もあるネオコン世代によって引き起こされた。つまり、チェイニー副大統領やラムズフェルド国防長官に代表される、ブッシュJr政権の安全保障チームのことだ。もし違う選択があり得たとすれば、それは弱腰ではなく、より冷静で、よりコスト意識の高いリアリズムだったはずだ。クリントン政権のリアリズムがそのまま維持されていたら、アメリカの相対的や国力衰退は現実以上に抑えられていただろう。
◼️もう1つの見落とされがちなコスト
――「反・世界の警察」世代の誕生
イラク戦争が残した最大の負債は、財政や戦略だけではない。アメリカの政治文化そのものにも、深い深刻な影響を与えた。それが、「アメリカは世界の警察であるべきではない」という感覚を、従軍経験を通じて獲得した世代の出現だ。象徴的なのが、JD Vance副大統領やPete Hegseth国防長官のような人物である。
彼らは机上の孤立主義者ではない。実際にイラク戦争に従軍し、その現実を身体で知った世代だ。しかも、本来は保守とされる、共和党から出現しているのだ。その彼らがトランプ政権の外交・安全保障政策を担っている。特に、JD Vanceは、ブッシュ政権が対テロ戦争やイラク戦争を起こさなければ、軍人にもならなかっただろうし、そもそもオハイオ州から離れるような人物でも無かっただろう。そんな人間が今やアメリカ合衆国副大統領。次の大統領になることもあり得る。第2次世界大戦以降の国際秩序を否定する人間だ。全てブッシュJr政権が生み出した怪物とも言える。
◼️「なぜ、ここにいるのか分からない戦争」
彼らの世代が戦場で見たのは、大量破壊兵器は存在しなかった現場、アフガニスタンやイラクで民主化が進まない現実、逆に治安は悪化し、宗派対立が激化した状態、そもそも地元社会は、アメリカを解放者とは見なしていなかった皮肉な状況などだ。そして何よりこの戦争が、「アメリカの安全を本当に高めているのか分からない」という感覚を強烈に感じてしまったのだ。従軍経験で得たこの実感は、単なる机上の理論的なリアリズムよりも、はるかに強烈だ。
◼️皮肉な連鎖: ネオコン → 従軍世代 → MAGA的懐疑主義
ここに、歴史の強い皮肉がある。チェイニー副大統領やラムズフェルド国防長官などのネオコン世代は「アメリカは力で秩序を作れる」と信じ、戦争を始めた。皮肉にも、その戦争に実際に行った、JD Vanceやヘグセスなどの若い世代は「力では秩序は作れない」と学んだのだ。その結果生まれたのが、「国際主義への不信」、「同盟や介入への疲労感」、「もう他国のために血を流すな」という感情だ。これが「アメリカファースト」のMAGAに繋がっていくのだ。そのため、MAGAは理論的な孤立主義ではなく、戦場由来の懐疑主義なのかもしれない。
◼️もしイラク戦争がなければ、彼らは違う政治的位置にいた可能性がある
重要なのはここだ。もしイラク戦争が起きず、二正面戦で20年を消耗せず、戦争の目的と成果がより限定的で明確だったなら、JD Vanceやヘグセスのような人物は、必ずしもMAGA的な「反・世界の警察」ポジションに立たなかった可能性がある。彼らは本来は軍隊の現実を知っていて、国家運営のコストを意識し、抽象的理想よりも、具体的利益を重視するという、健全なリアリズムの担い手になり得たはずだ。しかし現実には、「無意味で、終わりの見えない戦争」を経験したことで、そのリアリズムは国際秩序そのものへの不信へと反転してしまった。
◼️これはMAGAの問題ではなく、ブッシュ政権の戦略失敗の副作用だ
ここは強調しておきたい。JD Vanceやヘグセス的な懐疑主義は、無知から生まれたものではなく、ポピュリズムだけが原因でもないのだ。対テロ戦争やイラク戦争という戦略的失敗によって、アメリカ国内に生み出された「感情の残骸」なのかもしれない。つまり、「世界の警察をやめたいという欲求」は、世界の警察をやりすぎた結果として生まれたのだ。
◼️結論:アメリカは、外から壊されたのではない
アメリカは外敵に敗れたのではない。自ら、戦う場所と方法を誤り、その副作用として国内の政治まで変えてしまった。イラク戦争は、財政を削り、戦略集中を失わせ、そして次世代のアメリカ人に、世界秩序そのものへの不信を植え付けてしまったのだ。もし9.11がクリントン政権下で起きていたら、アメリカはもっと早く、戦わないためのリアリズムを選べていたかもしれない。
