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楽観のアメリカから、暗黒のアメリカへ

――なぜ「世界最強の経済」は絶望を生むのか?


2024年10月14日。

アメリカ大統領選挙のわずか半月前に、The Economistは以下の記事でこう断言していた。


"The American economy has left other rich countries in the dust."


アメリカ経済は、他の豊かな国々を置き去りにした

https://economist.com/special-report/2024/10/14/the-american-economy-has-left-other-rich-countries-in-the-dust

つまり、アメリカ経済は絶好調という意味だ。中国を含めて他の国々を寄せ付けないほどの経済力がアメリカにはあるということを示したのだ。つまり、アメリカは未だに世界最大の経済大国であり、その状態は史上最高であるという意味だった。

それから1年2ヶ月。

今、私たちが目にしているアメリカはどうだろう?


分断、弾圧、怒り、陰謀論、排外主義、民主主義そのものへの不信。


バイデン政権下のあの楽観的なアメリカは、どこへ行ってしまったのか?


◼️数字だけを見れば、The Economistは正しかった

まず確認しておきたい。データの上ではThe Economistは正しい。事実として、アメリカ経済は他国を「相対的に圧勝」している。G7に占めるアメリカのGDP比率は1990年では約40%だったが、2024年には約50%と、未だに拡大している。コロナ前(2020年)からの4年弱の累計実質成長率を比較すると、アメリカが+10%だったのに対して、 他のG7諸国の平均は+3%前後に留まった。また、アメリカは雇用・生産ともにコロナ前のトレンドを上回った唯一のG20国家だったのだ。

もちろん、PPP (購買力平価)で見れば、アメリカのGDPの世界シェアは下がった。だがそれは、中国とインドという人口大国が成長した結果に過ぎない。中国のGDPですら、2021年にはアメリカのGDPの75%にまで迫ったにも関わらず、2024年には65%の規模にまで後退してしまった。先進国の経済同士で比較すると、この30年間、アメリカは1度も「負けていない」のだ。

確認として、The Economistの当記事が列挙している、アメリカ経済が他国を圧倒する要因を以下に列挙する。

① 地理・規模という構造的優位


1️⃣ 準・大陸国家としてのスケール

単一国家で巨大な国内市場を持つ。カリフォルニア州で生まれた製品やアイデアが49州に一気に展開可能。他のG7諸国と違い、国内だけで規模の経済が成立する。

“As a quasi-continental economy with a giant consumer market”

2️⃣ 統合された労働市場
州をまたいだ移動が容易で、より生産性の高い地域・産業へ人が流動していく。その結果、成長産業に労働力が集まりやすい

3️⃣ 労働力人口を増やし続ける移民流入
南部の国境は政治的には争点だが、経済的には追い風。アメリカ人が敬遠する3K的な「きつい仕事」を移民が補完している。このため、労働供給を継続的に拡大することが可能。少子高齢化や生産年齢人口の縮小に悩む日本とは真逆の状態。

“An economic tailwind”

② 資源・エネルギーの優位性

4️⃣ シェール革命によるエネルギー自給
技術革新により、非在来型資源(シェールオイルやシェールガス)が採掘可能になった。その結果、アメリカは世界最大の石油・ガス生産国になった。エネルギー価格・供給面での安定性を維持可能になった。

③ 金融・資本市場の強さ

5️⃣ 世界で最も深い金融市場
株式・VC・PEなど多様な資金調達手段がある。日本などと違い、借入よりもエクイティ中心で起業可能。だから、スタートアップが生まれ易い。

6️⃣ 成功が成功を呼ぶ資本吸引力
有望企業が多いと、投資が集まる。投資が集まると、起業が増える。この正のフィードバックが成立している。

7️⃣ 基軸通貨ドルの存在
国際取引の摩擦が小さい。アメリカ企業にとって取引コストが低い。金融的影響力が持続している。

④ 知識・人材の集積

8️⃣ 世界最高水準の大学群
研究・教育の質が高いく、世界中から優秀な学生・研究者を吸引可能。それがイノベーションの母体になっている。

America has the world’s best universities

⑤ 規制・制度設計の違い

9️⃣ 比較的緩いビジネス規制
特にハイテク分野で「試せる余地」が大きい。失敗のコストが低いので、新産業が育ちやすい。

🔟 政府の「危機対応能力」
金融危機 (2008–2009年)で迅速な銀行整理を行った。コロナ禍で他国を凌ぐ規模の財政出動を果敢に行った。必要とあらば、強くアクセルを踏む国家能力がある。

“Officials have made bold, resolute interventions during crises”

⑥ 直近の決定打

1️⃣1️⃣ コロナ後の回復スピード
実質経済成長率が他のG7諸国の約3倍。
雇用・生産ともに予想を上回る回復。IMFによれば、G20で唯一の存在。


アメリカは、地理・資源・人材・金融・制度・危機対応のすべてを「同時に」持っている稀有な国。だからこそ、「他国を引き離している」という結論になる。

しかし

◼️それでもアメリカ人は不幸になった

問題は経済ではない。The Economistの記事の中に、1つだけ不穏な数字がある。アメリカの現状に満足しているアメリカ人の割合だ。1980〜2000年代初頭は約40%だったのに対して、直近の20年では約25%にまで急減しているのだ。アメリカのGDPは伸び、株価は上がり、失業率も低い。それでも、アメリカの人々は満足してはいないのだ

なぜか?

◼️マクロの勝利と、ミクロの敗北

ここに、決定的なズレがある。アメリカは国家としては大成功している。しかし、個人の生活は楽になっていないのだ。住宅、医療、教育、保険などの生活の基礎インフラは市場原理に完全に委ねられた。強いドルは、海外では「豊かさ」に見える。しかし、アメリカ国内からの目線では、強いドルは輸出産業を圧迫し、地方の製造業を空洞化させ、「俺たちは何も恩恵を受けていない」という感情を生んでしまったのだ。アメリカは勝った。しかし、問題はアメリカの誰が勝者なのか分からなくなってしまったのだ。アメリカは成長した。しかし、その成長の果実が、アメリカの誰のものなのか分かりにくくなってしまったのだ

◼️トランプ現象は「原因」ではなく「兆候」

しばしば、「トランプがアメリカを壊した」と語られる。だが、より正確なのは次の見方だろう。

トランプは、アメリカ社会に既に存在していた亀裂を可視化した。


経済指標は良好でも、「自分は取り残されている、システムは自分のために働いていない、誰かが得をし、自分は損をしている」

こうした感覚が、長年にわたりアメリカの人々の中で蓄積していた。

トランプの言葉は、事実の正確さよりも、不満や疎外感を代弁する力を持っていた。


America is failing.

この言葉は、経済学的には正しくない。しかし、一部の人々の主観的経験とは一致していた。

重要なのは、特定の政治家の評価ではない。なぜ、その言葉がこれほど響いたのか、という構造の方だ。

◼️成功しすぎた国家のジレンマ

歴史を振り返ると、似た局面は何度もある。ローマ帝国末期、第1次世界大戦前のヨーロッパ諸国、1970年代のアメリカなど。

共通点はこうだ。

国家の能力と、国民の納得感が乖離した。


アメリカは没落していない。むしろ、経済的には非常に強い。世界最強、史上最強だ。

だが、その強さがアメリカ人の生活実感と結び付かず、公平な物語として共有されず、政治的な調整にも失敗した時、社会は不安定化するのだ。

◼️終わりに: 経済の成功は社会の成功を保証しない

1992年、アメリカは「衰退国家」と言われていた。その後がどうだったかは、周知の通りだ。今回も、経済そのものは簡単には崩れないだろう。しかし、社会的な信頼や民主主義の修復は別問題だ。The Economistの分析は、今も有効だ。ただしそれは、経済の話に限られる。

「世界最強の経済」を持ちながら、なぜこれほど不安定なのか?

その問いに答えられるかどうかが、これからのアメリカの試金石になる。

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