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「幻日」 第9話

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 朱音は、自分の目と耳を疑った。
 朱音の絵を狙って警備員に掴まったその男子生徒は、友達から指示をした相手の情報が届いたと言って朱音に見せてきた。それはメッセージアプリではなく、相手から送られてきた犯人のSNSだという。写真がそこにあった。
「深沢諒。この人、知ってますか」
 そこに写っていたのは、間違いなく音弥だった。
「……もう一度、名前を言って?」
 他人の空似かと思ったが、どうみてもそれは音弥の顔だった。写真に気を取られ、名前に神経が向かなかった。もう一度聞くと、画面を変えてメッセージアプリに切り替える。そこには情報をくれた人が書いたであろう名前が表示されていた。
「深沢諒。漢字はこれ。東中の三年生らしいです」
「深沢、諒……」
 信じられない思いでその名前を繰り返す。明らかに様子のおかしい朱音に、林が心配して声をかけてくれるが、朱音はそれどころじゃなかった。
「これは本当のことか? なんて言って聞いたんだ?」
「学校で見つかったと。警察沙汰になるから、依頼主を教えないとそっちに警察が行くぞって言ったら素直に出してきました。そう言わないと送ってこないと思ったので」
 なるほど、自分が警察に直接来られるくらいなら、と出してきた。信憑性がある話だ。呆然とした頭の中でも、冷静な部分で朱音は判断する。きっと、その情報は嘘じゃない、と。
「伊崎、知ってるのか」
 そう担任に問われて、どう答えようか迷ったが、警察沙汰はまずい。
「知ってる相手です。理由もわかります。私が直接対応します」
 そう伝えると、担任はゆっくり頷いた。
 林は心配そうに、「なんでも相談してくれよ」と声を掛けてくれた。
「警察沙汰は望みません。それ以外で、その人の処分は学校に任せます」
 そう言って、朱音は学校を出た。

 深沢諒。何度も資料で見た名前だ。「深沢」は朱音の伊崎家に養子に来る前の苗字でもあった。
 彼は、朱音と一緒に十年前の事件を経験した、弟だ。頭ではそう結論が出ていた。しかし、出会ってからずっと一緒にいる音弥が、朱音の絵を壊し、脅すような手紙を送り、朱音を傷つくことを望んでいるのか。何度も交わした言葉に感じた信頼感、仲間であるような感情は、朱音だけに生まれていたものだったのか。音弥が弟だったことより、信頼していた相手に裏切られていた方がよっぽど朱音を傷つけていた。
 それにしても、なぜ。
 あの日、最初に絵が破られていた日に出会ったのは偶然ではなかったのだろう。どこからか、朱音をつけていたのだろう。傷つけた相手の様子を見に来たのかもしれない。
 いつか考えた、「弟」が犯人だとしたら……動機は、一つしかない。朱音の存在が、弟の幸せな家庭を壊したのだ。そうじゃなくても、あの家庭が壊れたきっかけは朱音の父親の不倫だった。朱音はその「母親を壊した男」の娘だ。そういう恨み方もあるだろう。
 考えれば考えるほど、弟の諒に恨まれる理由はたくさんあるような気がしてきた。
 ただ、一つだけわからないことがある。車道に押し出されそうになった時のことだ。あのとき音弥は朱音の前を歩いていた。あれをやったのは音弥ではない。だとしたらーーと考え、気づく。絵を切り裂くのも人に依頼しているのだ、誰かに依頼した可能性が高い。そうすることで、一連の犯人が音弥ではないと朱音は思う。そもそも、まったく疑いもしていなかったが……
 考えを整理していたら、音弥からメッセージが入る。
「今日は何時に帰る?」
 ここ数日、音弥は出来る限り家まで送ってくれていた。
 どう返そうか迷い、明日一緒に張り込むことになっていたのを思い出す。話すならば、今日話さなければ。そう思い、「今日ちょっと話そう。公園で待ってる」と送った。
 音弥は朱音が、同世代で初めて信頼できると思った相手だった。対峙するのが怖い。でも、それ以上に音弥から本当のことを聞きたい。

 朱音が先についてベンチに座っていると、音弥がやってきた。改めて、その姿を見る。これが、あの小さかった諒なのか。朱音は、十年前のことはあまり覚えていないけれど、諒のとのことは少しだけ記憶にある。諒は再婚した母の方の連れ子で、朱音とは一切血が繋がっていない。姉弟であったのも、二年弱の間だった。それでも、朱音について回る弟の存在は、間違いなく朱音の記憶に残っていた。親の事情で突然できた弟は、とても朱音に懐いていた。お姉ちゃんぶりたかった年頃の朱音は、そんな弟が可愛くて仕方がなかった、そんな気がする。
 そんな記憶を探りながら、目の前の音弥……諒を見上げる。諒は不思議そうな顔をしてこちらを見ていた。
「どうしたの、なんか話があるんじゃないの。明日のことだろ」
「大きくなったね、諒」
 そう言うと、諒の表情が固まった。朱音は、ほとんど確信を持っていたが、その諒の顔を見てほんの少しの可能性が消えたのを感じた。できることなら、間違いであってほしかった。
「モデルになってもらった絵が完成したの。あの絵は、高校生のコンクールで最大のものに出す予定で、そこで受賞出来たら、学生のコンクールじゃないものに挑戦する予定なんだ。先生たちと相談して、そう決めてる。受賞したら、あの絵は美術館に飾られる」
「……そうか、良かった」
「私に絵をやめてほしい?」
 話の意図がわからない、というように不安そうな目でこちらを見ている諒に、朱音は問う。
「なんでそんなことを……? そんなこと思ってないよ」
「辞めてもいいよ、そう諒が望むなら」
「思ってないって!」
 諒が声を荒げる。その姿は、やはり嘘をついているようには見えなかった。朱音には、それを見破る能力がないのだろう。
「絵を切り裂いたのは諒の指示なんだってね。犯人の子が自白したよ」
 そういうと、諒は一度大きく目を見開き、それから苦痛そうに顔を歪めた。目を瞑り、眉根を寄せる。ばれないと思っていたのだろう。
「……本当に、ごめん。それは、言い訳させてほしい」
「今回の絵も許せなかった? 言ってくれたら良かったのに」
「今回……? またなにかあったのか?」
「いいよ、もう、そういうのは。手紙も諒? 私を車道に突き飛ばそうとしたのも、誰かに依頼したの?」
「違う! 手紙も、絵も、最初だけだ! 突き飛ばしたのは本当になにも知らない!」
「そんなの信じられるわけない!」
 朱音は思わず叫んだ。
 気が付くと涙が溢れていた。
「朱音……聞いて、俺は……」
「私は音弥……あなたと出会って変わった。はじめて、同世代で信じられる人が出来たと思った。世界が、未来が、少しだけ明るくなった気がしていた……音弥もそうだったらいいなって、私がそういう存在になれたらいいなって思ってた」
 だけど、実際は反対だった。彼は朱音を恨んでいた。仲良くなって裏切るつもりだったのか、もっと直接的に命を狙っていたのか。それほどまでの深い悪意を、彼は隠し持っていた。
「朱音!」
「ごめんなさい。さようなら」
 必死に何かを訴えようとしている諒に、背を向けて公園を出る。もう、人を信じることをやめよう、と朱音は思う。朱音自身を、信じてくれる人などいないのだ、と。脳裏には、泣きながら包丁を突き付ける母の姿が浮かんでいた。あんなに母親を苦しませた朱音は、幸せになどなれないのだ。そう思ったら涙が止まらなかった。

 電車に乗るため、涙を必死に抑えながら、朱音はホームに向かった。泣き終えた顔を見られたくなく、あまり顔を上げずに歩く。諒と、音弥と初めて出会ったのも駅のホームだった。朱音が立ち眩みのように倒れそうになったところを、助けられた。あれもきっと偶然ではない。絵を切り裂かれた朱音が落ち込んでいるかどうか、確かめたかったのではないかと思う。朱音がそこで倒れたのはきっと予想外のことだっただろう。思わず助けてしまったのだろうか。そう思うと、悪役になり切れないやつなんだな、とふと笑いそうになってしまう。朱音の音弥に対する印象そのものだった。
 音弥と名乗ったのはなぜだろう。幼少期の、朱音のあだ名にとても良く似た名前。『音ちゃん』と呼ばれる声が蘇る。諒と、母の声だった。電車が到着するアナウンスが流れる。朱音は乗り口の表示のある場所へ立つ。時間帯が、帰宅ラッシュに被って混んでいた。到着した電車の扉が開く。降りる人を待ち、並んで乗り込む。朱音が電車に足を踏み出す瞬間ーー
 どんっと後ろから強く押される。と同時に「危ない!」という声が聞こえた。電車とホームのわずかな隙間に足を取られそうになり、前のめりで転びそうになるところを、後ろに引っ張られる。尻もちをついた状況で、朱音は呆然とする。振り返ると、朱音の腕を引いてくれた女性が、「大丈夫?」と声を掛けてくれたが、急いでいるらしくそそくさと電車に乗って行った。駅員さんが「大丈夫ですか」と声を掛けてくる。手を差し伸べられ、促されるまま一旦後ろへ下がる。それを確認して、電車の扉は閉まり、発車する。
 家に帰ると、綾子が汚れた制服を見て驚く。ここ最近、膝をついたり同じようなことが続いているからか、とても心配そうに朱音を見る。
「どうしたの、腕は、大丈夫なの?」
 悪気はないとわかっているが、その言葉が、今の朱音にはどうしようもなく突き刺さった。いつもなら気にしないかもしれない。でも今の朱音には、受け止めきれなかった。呟くように「大丈夫」とだけ言い残し、部屋へ入った。

 *

 朱音にバレていたと知った諒は呆然としていた。あの日依頼した男が学校でバレた。なぜ今更……もしかして、と思い諒は朱音の学校に知り合いがいるという友人に連絡をした。「なにか変わったことがなかったか」と。するとすぐに返信が来た。
「前に依頼したやつが、勝手に新しい絵を狙って捕まったらしい。諒の指示だと言ってる」
 そういうことか、と諒は天を仰いだ。だから朱音は今回の絵も、と言っていたのだ。新しい絵については、諒は一切指示もしていないし、ダメになってほしいとも思ってなかった。おそらく、最初に渡した報酬を、もう一度やれば貰えると思って勝手に動いたのだろう。そしてバレたときにその責任を諒に押し付けた。一度目は間違いなく諒の指示だったので、その証拠が出ればその言葉が疑われることはないだろう。
 警察沙汰になっていれば、近々諒のところにも来るのだろう。自分で蒔いた種だ、と諒は自分に言い聞かせた。
 しかし、不可解なことがある。手紙の件だ。確かに一通目は諒が出した。朱音に十年前のことを話してほしかった。相談してくれると思っていた。なのに、なぜか手紙は同じ形でそのあとも続いていた。諒がやったものではない。誰かに依頼したこともない。一体誰が……あの手紙を見た人間にしかできない。朱音が、諒以外に相談したのかもしれない。だとしたら、犯人は朱音の信頼してる人ということになる。そしてその犯人と、車道に突飛ばそうとした犯人が同じなら……命まで狙ってる可能性もある。諒はぞっとして居ても立ってもいられない気持ちになる。しかし、朱音はもう諒とは会いはしないだろう。この先、どうやって朱音を守ったらいいのか、誤解を解くにはどうしたらいいか……考えなければならない。

 諒は、伊崎朱音を恨んでいた。二年間だけ姉弟だった人。幼いころの記憶は、多分朱音よりはあるのだろう。諒は朱音が大好きだった。突然できた姉。諒は構ってほしくて、遊んでほしくて仕方がなく、いつも朱音の後ろを追っていた。朱音はいつも笑顔で迎えてくれていた。
 十年前、父親の不倫から母親が不安定になり、朱音に対してきつく当たるようになっていた。今思うとあれは虐待と呼ばれる行為だったのだろう。諒は、怖くていつも泣いていた。事件後、母は起訴されたが後に精神疾患で入院し、父は亡くなってしまった。諒は朱音とは別の施設に入った。それ以来、一度も連絡を取り合っていない。施設の人に聞いても、教えてくれなかった。
 朱音の今の状況を知ったのは、中学に入ってからだった。近くの中学校で大きな絵画の賞を取った子がいる、と話題になった。地方の新聞などでも小さく掲載されていた。絵画に興味がない諒の耳にも入った。その名前が「深沢朱音」だと知った。
 最初は単純に姉だった朱音に会いたいと思った。どうやったら会えるのだろうと考えてるうちに、「深沢朱音」は「伊崎朱音」と名前を変えた。見るからにお金持ちの夫婦の養子に入った。その理由が、絵の才能という話だったのは、諒の近辺では有名だった。
 諒は、中学に入ってから「施設にいる」現実をよく感じるようになった。他の子たちとの差が、小学生の頃より如実に表れてくる。お小遣いはいくらか、ゲームは持ってるか、高校はどうするか。諒は施設にいることを隠していなかったので、度々同情的な目で見られていた。そして将来のことを考えるたびに思うのだ、高校の先で進学などできるわけがない。施設にいる時点で、将来はほとんど決まっている。同じクラスメートたちとは、住む世界が違うのだ、と。
 それに加えて、諒は「殺人犯の息子」だった。このことについては、事情を知る人たちがほとんどで、同情的な目で見られることのほうが多かったが、そうじゃない視線があることにも気づいていた。これから先就職や結婚……想像もできないが……どこでこの事実が足を引っ張るかわからない。諒にとっては、どうしようもなく理不尽な現実だった。
 そんな中、同じように育ったはずの朱音は、事業家の家に引き取られた。もうお金の心配をすることはないのだろう。元はと言えば、諒から母を奪ったのはあの父子なのに。母がしたことは許されることではないだろう。だけど、そのきっかけになったのは父の不倫だ。実の子と、連れ子を抱えて子育てしてる母をしり目に、父は不倫をしていた。許されることではないだろう。そう考えると、朱音が幸せそうに生きてることが許せなくなっていた。
 片や施設で将来に絶望する、殺人犯の息子。そのきっかけになった男の娘は、才能に恵まれて資産家の娘になって不自由なく人生を謳歌している。そんなことが許されてたまるものかと思った。
 朱音の高校で絵を壊そうと思ったのは、単純に「絵という才能だけで幸せになっている」朱音が許せなかったからだ。自分で忍び込むのは難しそうだったので、知り合いを辿って朱音と同じ高校生の人間に依頼した。会ったこともない人間だが、報酬はコンビニで買ったプリペイドカードの番号で渡した。金に余裕はなかったが、中学生でもできる期間限定のバイトで貯めてあったものを使った。それを使うくらい、諒は朱音に悪意を示したかった。
 実行した日の帰り、朱音の表情が見たくて高校から後を追った。中学のほうが早く終わるので、急いで朱音の高校まで行き出てくるのを待った。
 駅のホームで倒れたときは驚いた。本当に自殺するかと思った。死んでほしいとまで思ってたわけじゃない。ふら付いていた朱音を慌てて助けた。そこまで絵がダメになったことが問題なのか。自分がやったことを一瞬で後悔した。姿を現すつもりはなかったが、仕方がなかった。名前を聞かれて、咄嗟に「音弥」と名乗った。昔、朱音のことをなぜか「音ちゃん」と呼んでいたことをふと思い出したのだ。
 成り行きで話をした朱音は、諒が想像していたのとは全く違っていた。幸せそうではなかった。諒が知ってるクラスメートの女子たちや、街で見かける女子高生とは空気が違った。そこに感じたのは、嫉妬でも恨みでもなく、共感だった。朱音は、孤独とプレッシャーを抱えて生きていた。そして、「私は恵まれているから嘆くこともできない」と、がんじがらめになってるようにも見えた。そして、母親に殺されそうになったことに傷ついていた。考えてみたら当然のことだろう。諒は自分が辛く、朱音は幸せそうに見えたから、そうあってほしいと勝手に決めつけて恨んでいたことに気づく。自分の浅はかさを呪った。
 朱音は恨む相手ではない。寧ろ仲間、身内のような存在だ。朱音が傷つかないようにしたい、いつしかそう思うようになっていた。
 だから、朱音を狙う何者かの存在に諒は怒りを感じていた。一体誰なのか、諒には見当もつかなかった。

 その日から、朱音にいくら連絡を入れても返ってくることはなかった。高校で待ち伏せしようかとも考えたが、きっと逃げられるだろう。そう思って、朱音の帰りを見計らって、遠くから見守ることにした。朱音を狙う、本当にヤバいやつは存在する。そいつを突き止めて、警察に突き出さなければ。そう考えていた。
 そんな時、諒は同じく朱音を見守る人間に気が付いた。最初はその人こそが犯人かと思い、後ろからつけていたが、朱音に危害を加える様子は一切ない。諒と同じく、帰宅を見守るだけだった。朱音の行動を監視しているのかーーそうも考え、諒はその人から目を離さないようにしていた。そんな日が数日続いた後、その人が諒を振り返った。隠れていたはずの諒はその女性と思い切り目が合い、彼女はこちらに向かってきたが咄嗟に何もできなかった。そんな諒に女性は声を掛けて来た。
「深沢諒くん、だよね」
 その女性は、諒を知っていた。

 *

 翌日の夕方、家に帰るといつものように郵便受けを確認する。そこには、また手紙が入っていた。朱音は訝しんだ。もう正体がバレている諒が、またも手紙を入れてくる理由がわからなかった。手紙を手にして、部屋に上がる。そこにはいつもと変わらぬいびつな文字があった。

『イマスグデテコイ オトコヲコロス』

 ぞっとした。と同時に、これは諒の仕業ではない、と思った。「男」というのはおそらく諒のことだろう。ストーカーが朱音を見ているとき、一緒にいる「男」と言えば諒以外に思い当たらない。
 最初の一通は諒がやったと言っていた。だとしたら、この内容を知ってる人物しか模倣できない。朱音がこれを見せたのは、諒と、雑賀だけだった。雑賀が? まさか。雑賀にそんな理由はないだろう。しかし、信頼していた諒が最初の絵を壊していたことを知って、朱音はもう何を信じていいのかわからなくなっていた。咄嗟に朱音の心配ではなく腕を心配した綾子。雑賀も、林も、両親も、必要なのは「朱音」ではなく、「絵の才能」なのだろう。何度も何度もそう考え、それでも割り切ってこの家の子どもになったつもりだ。いまさらそんなことに傷つかない。そう思っているのに、感情が追いつかなかった。
 行けばわかる、と朱音は思う。危険なのはわかっていた。でも、行かずに本当に諒が殺されたら……朱音はきっと、悔やんでも悔やみきれないだろう。それに、もういい加減この相手が誰なのか、知りたかった。諒に連絡をすべきか少し迷ったが、諒を疑った朱音がどういえばいいのだろう。
 綾子に「ちょっと出かけてくる」と言って外に出た。こんなことは今までしたことがなかった。心配させるようなことを、出来る限り避けてきた。綾子が驚いたように声をかけてきたが、顔を見られたくなくてそのまま外に出た。
 どこへ向かえばいいかわからなかったが、とりあえず駅の方向へ向かって歩いた。マンションから歩いて五分ほど経ったとき、横から腕を引っ張られる。声を上げる隙もなく、口をふさがれて路地に引き込まれた。


第10話

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