初期設定の愛 5.バリケード封鎖
野球部へ入部した。1年生は夏に新チームになるまでは、体育着だ。ユニホームはまだ着れない。
陸上部の女子が目の前を走り抜け、ハードルを飛ぶ。その時、必ずおへそが見えるのだ。ついつい見とれてしまう。ハードルの前が自分の定位置。
1年生は外野のさらに後ろ、テニスコートのフェンスの前で球拾い。時々声出し、「ナイスばってぃーんぐ。」。
隣にいるW君、実家は八百屋さん。彼は口が堅そうだ。無口でおとなしいタイプだ。
実は同じ保育園だった。遠足のお弁当、お菓子、ジュースのバリエーションが素晴らしかった。
八百屋さんというより、地方によくある昭和のミニスーパーだ。少しづつだが、定番商品なら何でもある。
彼とは、小学校は別々となったが、中学で再会した。彼も良く覚えていてくれてたようで、部活中は良く話をしていた。
当然、女神とは同じ小学校だ。2つの小学校が1つの中学に、そういう仕組みだ。
“佐伯さんって、どんなこ?” さりげなく聞いてみた。
「あー、あいつはやめとけ!悪いこといわない。やめとけ。あいつはヤベーやつだ。」
意外な答えが返ってきた。
W君がいつになく饒舌に、はなし続ける。
「あいつは、いじめられてたんだよ。小学校の時。」
「理科室をバリケード封鎖して立て籠ったこともあるんだ。」「すごい大騒ぎになったんだよ。授業もできないし、大迷惑だよ。」
「だから、あいつはヤベーやつだ。だからやめとけ!」

それだけ言って、W君はボールを追いかける。いってしまった。
それ以上は聞けなかった・・。
野球に興味はない。一人一部活、強制入部する。それが、この学校の決まりのようだ。野球部は坊主頭だ。
小学6年の2月、母にバリカンで坊主にしてもらった。自主志願だ。自分なりの覚悟のつもりだった。もう中学生だ。自分でそう決めた。
実は、我が家は柔道一家、祖父も父も黒帯だ。小学校2年から祖父が会長を務める柔道クラブに入門した。2歳上の兄と、兄の友だちと同日入門だ。本来は小学3年から入門が許される。自分だけ特別待遇だ。
時々、父も稽古に参加した。
毎週1回の練習。最初のころは、年上のお兄さん達の中で、一人混じった2年生、誇らしい気持ちだった。みんな優しかった。3年生になったころ、同級生が何人か入門してきた。隣の学区の小学生たちだ。スグやめた。
時は、昭和50年代、サッカー、野球、人気はその辺だ。学年でただひとりの柔道少年。
ほんとは⚽サッカー⚽をやりたかった。これは初めての告白だ。
6.暴力未遂と女神のタオル へつづく
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