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量子コンピュータ小史#2:理論から実装へ~量子アルゴリズムと初期の躍進~

前回の続きです。

量子力学の法則を計算に応用できないかという発想は、1960年代から70年代にかけて散発的に議論されるようになりました。しかし当時の議論はまだ理論的なものにとどまり、実用化の道筋はほとんど見えていませんでした。そんな中、1981年に物理学者リチャード・ファインマンがMITで行った講演が、後の量子コンピュータ研究に火をつけることになります。

ファインマンは
自然は本質的に量子的なのだから、古典コンピュータでシミュレートしようとするのは間違っている。むしろ量子的なコンピュータを作るべきだ
と主張しました。

この言葉は、当時の科学者にとって極めて示唆に富むものでした。古典コンピュータでは、複雑な量子系のシミュレーションは指数関数的に計算量が増大し、現実的には解くことが困難でした。しかし、量子コンピュータなら、量子現象をそのまま計算資源として活用できるのではないか――ファインマンの指摘は、研究者たちの思考の枠組みを一変させたのです。過去に彼の小史を書いたので、コンピュータ分野における業績の回を貼っておきます。

この講演の影響を受けた一人が、オックスフォード大学のデヴィッド・ドイチュでした。1985年、ドイチュは「汎用量子コンピュータ」の概念を発表し、量子ゲートを用いた計算モデルを定式化しました。これは、古典コンピュータのチューリングマシンを量子版に拡張したもの(量子チューリングマシン)で、理論的にはあらゆる計算を量子コンピュータで実行できることを示す重要なステップとなりました。

この時点では、まだ「量子コンピュータは古典コンピュータよりも本当に優れているのか?」という疑問が残っていました。しかし、1994年にピーター・ショアが画期的なアルゴリズムを発表したことで、状況は一変します。ショアのアルゴリズムは、大きな整数の素因数分解を効率的に行う方法を示すもので、RSA暗号の安全性を脅かす可能性があると指摘されました。従来の古典コンピュータでは、素因数分解は極めて計算負荷の高い問題でしたが、ショアのアルゴリズムを量子コンピュータで実行すれば、指数関数的に高速に処理できることが理論的に示されました。

この発表を受けて、世界中の政府機関や企業が量子コンピュータの研究開発に本腰を入れ始めました。米国国家安全保障局(NSA)もショアの論文に目をつけ、量子コンピュータの軍事利用の可能性を調査するチームを立ち上げたと言われています。
なお、不安を和らげるために、最新の量子コンピュータでも現代の暗号を解読するのは難しいことに触れた過去記事を貼っておきます。ただ、あくまで現在(量子ビットが約1000のスケール)は、です。

また、IBMやGoogleといった企業も、理論だけでなく実際のハードウェア開発に向けた投資を加速させる契機となりました。

ここで1つエピソードを紹介します。1998年、IBMの研究者たちは世界初の「実験的な量子コンピュータ」を開発しました。この量子コンピュータは、液体中の原子核スピンを使ったNMR(核磁気共鳴)技術を利用して動作するもので、たった2量子ビット(qubit)という極めて小規模なものでした。しかし、彼らはこの装置を用いて、ドイチュが提唱した「ドイチュ=ジョサ算法」を実際に実行し、量子計算が現実のものであることを初めて証明したのです。これは、量子コンピュータの黎明期における重要なマイルストーンとなりました。

このように、理論から実装へと少しずつ進化を遂げてきた量子コンピュータですが、課題も多く残されています。特に、ノイズや誤り訂正の問題は依然として大きな壁となっており、実用化にはさらなる技術革新が必要です。次回は、21世紀に入り企業や国家が本格的に量子コンピュータ開発競争に参入した経緯と、現在の最前線について掘り下げていきます。

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