千年後の返歌
二十代のころ、銀閣寺を探究したくて、通勤電車の中で『新古今和歌集』を読み続けました。
心に残った歌に○をつけながら、およそ二千首を四年かけて四周。四回とも○がついた歌は、およそ五十首でした。
この選び方は、佐藤雅彦先生が若き日に世界中のCMを見続け、自分だけの「特選集」をつくったという話に影響を受けています。
あれから二十年。
あの頃、特に心に残った五十首をもとに、AIとともに新しい風景を立ち上げ、そこへ短歌を添えました。
制作は、
本歌
↓
印象やラフスケッチをもとにプロンプトを書く
↓
AIが風景を描く
↓
その風景に返歌を書く
という手順で進めています。
プロンプトと返歌は、ほとんど同時に生まれました。
「この歌心は、現代の社会、とりわけ自分が生まれ育った東京という暮らしの中では、どんな風景や心情として立ち現れるだろうか?」
そんな問いを胸に、一首ずつ、大切に返事を書いていきました。
これは、二十代の自分が受け取った感動への返事であり、千年前に歌を遺した先人たちへの、ささやかなアンサーソングでもあります。
タイトルは、『千年後の返歌』。
本歌と画像を見比べ、画像と返歌を見比べ、そして本歌と返歌を見比べる。そのあいだを行き来しながら読んでいただけたら、とてもうれしく思います。
冒頭では、『新古今和歌集』を代表する藤原定家の歌に、三つの返歌を書きました。それ以降は、本歌と返歌が一対一で対応しています。
ここで、ひとり、どうしても紹介したい歌人がいます。
下記の本歌に何度も登場する、九条良経です。
摂関家・九条家に生まれ、政治の中枢に身を置きながら、月や光を見つめ、その景色を心の底へ静かに沈めていくような歌を数多く残しました。
さびしさや思ひよわると月見れば心の底ぞ秋ふかくなる
二十代に『新古今和歌集』を読み続けるなかで、私が何度も立ち止まったのも、良経の歌でした。
銀閣寺にはじまり、能や茶の湯へと受け継がれていく、日本文化の「静けさの美意識」。その源流のひとつに、私は良経の歌心があるのではないかと、勝手に想像しています。
もしこの本を読み終えたあと、一人だけ歌人の名前を覚えて帰っていただけるなら、九条良経をおすすめしたいと思います。
それでは、『千年後の返歌』を、どうぞお楽しみください。
ー
見わたせば
花も紅葉もなかりけり
浦の苫屋の
秋の夕暮れ

花を買ふ
つもりで寄った花屋にて
夕暮ればかり
持ち帰りたり
ー

花だった
ことを忘れてしまふまで
ここに置かれる
影のやさしさ
ー

こくこくと
Coca Colaの赤くすみゆく
からっぽのあき
だからこのまち
ー
梅が枝に
鳴きて移ろふうぐいすの
はね白妙に
淡雪ぞ降る

雪月と
いうなの品種カリフラワー
ピンクの子春
畑をかける
ー
雲はみな
はらひはてたる秋風を
松にのこして
月を見るかな

風のゐた
ところを焼いて白ティーは
フィルムのやうに
夕を残せり
ー
おしなべて
思ひしことの数々に
なほ色まさる
秋の夕暮

もう誰も
見てゐない空染まりゆき
カーテンだけが
知らせに揺れる
ー
薄霧の
麓にしづむ山の端に
ひとりはなれて
のぼる月かげ

もう二度と
会はぬ話をした人の
座りし場所へ
月差しはじむ
ー
夏刈の
葦のかりねもあはれなり
玉江の月の
あけがたの空

からっぽの
殻ばかりある夏でした
ボウルの月は
いくつも生まれ
ー
岩間とぢし
氷も今朝は解けそめて
苔のした水
道もとむらむ

さつきまで
こおりだったのおみずさん
窓のガラスは
透明絵本
ー
夕立の
雲もとまらぬ夏の日の
傾く山に
ひぐらしの声

夏雨も
はらい果てたる球場に
きこえてきたんだ
飛行機の音
ー
曇りなく
千年にすめる水の面に
やどれる月の
影ものどけし

千年を
とかしたやうな白湯があり
まだ誰のものでも
ない朝を飲む
ー
かさねても
すずしかりけり夏衣
うすき袂に
うつる月かげ

うつむけば
革靴にゐる夏あかり
今宵の月は
これでよかつた
ー
さびしさや
思ひよわると月見れば
心の底ぞ
秋ふかくなる

一言も
浮かばぬままの夜があり
画面の奥の
きのうのわたし
ー
消えかへり
岩間にまよふ水のあわの
しばしやどかる
薄氷かな

日は高く
水か氷かつかぬまま
冬のいとまを
のせて走れり
ー
ひとり見る
池の氷に澄む月の
やがて袖にも
うつりぬるかな

既読だけ
残したままの夜があり
ひかりばかりが
凪いでつたって
ー
雲のなみ
煙のなみや散る花の
かすみにしづむ
鳰のみづうみ

落つるまで
さくらの空をかかえてた
しづくひとつの
春のおもさを
ー
いさり火の
昔の光ほの見えて
芦屋の里に
とぶ蛍かな

どの窓も
灯りてをればほの見えて
まだ帰らざる
夜のつづきを
ー
手にならす
夏のあふぎと思へども
ただ秋風の
すみかなりけり

再生は
まだしないまま白い粒
夏の終わりが
耳に近づく
ー
忘れじの
人だに訪はぬ山路かな
櫻は雪に
降りかはれども

桜窓
スノードームを揺らしたら
時まで舞って
myワンルーム
ー
うづもるる
灰の下にも消えやらで
のこる火もあり
春の夜の夢

灰の下
終わり火見つめ一時間
ふと春風が
うつつにもどす
ー
春霞
かすみし空のなごりさへ
今日をかぎりの
別なりけり

またねって
言ったけれどもわかってた
遠くなる音
こころにとめて
ー
いつ嘆き
いつ思ふべきことなれば
後の世知らで
人の過ぐらむ

それぞれに
交差する朝しずかなり
赤青黄色
信号をまつ
ー
きりぎりす
鳴くや霜夜のさむしろに
衣かたしき
ひとりかも寝む

亡き人の
演奏データをテストする
ピアノさみしく
さみしくきれい
ー
風さむみ
木の葉晴れゆく夜な夜なに
のこる隈なき
庭の月かげ

最後の夜
いつもはカーテン閉めるけど
今夜くらいは
月よ飲もうか
ー
冬枯の
森の朽葉の霜のうへに
落ちたる月の
かげのさむけさ

冷像湖
夜中の床に落つひかり
あの静けさを
そう呼んでいる
ー
ほととぎす
そのかみ山の旅枕
ほのかたらひし
空ぞわすれぬ

話したこと
忘れてしまうそのために
空はあんなに
きれいだったの
ー
古畑の
そばにたつ木にいる鳩の
友よぶ聲の
すごきゆうぐれ

夕暮れに
行方不明者ひとりあり
お前のことかと
鳩が見てくる
ー
ねがはくは
花のもとにて春死なむ
その如月の
望月のころ

生きてたら
最高だねとマルしてた
その記念日を
月てらしてる
ー
誰か世に
ながらへて見む書とめし
跡は消えせぬ
形見なれども

もういない
あなたの声を流すたび
ラジカセのこと
あなたとおもふ
ー
言の葉の
なかをなくなく尋ぬれば
昔の人に
逢ひ見つるかな

検索の
奥奥奥のさらに奥
忘れっちまった
言霊さがす
ー
夕ぐれは
いづれの雲のなごりとて
花たちばなに
風の吹くらむ

エンジンも
ナミもココロもハナタバも
すべてまるごと
風に吹かれて
ー
世の中を
おもひつらねてながむれば
むなしき空に
消ゆる白雲

世の中を
消してしまえる色のなか
地球だけまだ
春を回して
ー
水の面に
あや織りみだる春雨や
山の緑を
なべて染むらむ

ぽつぽつと
雨がはじけるその奥の
やかんの中で
森が沸いてる
ー
薄く濃き
野邊のみどりの若草に
あとまで見ゆる
雪のむらぎえ

みどみどり
うすくもこくも描くたびに
生まれる白は
春のよかんだ
ー
入るかたは
さやかなりける月影を
うはのそらにも
待ちし宵かな

ひとりぶん
夜空をあけておいたのに
結局そこに
今夜も月か
ー
卯の花の
むらむら咲ける垣根をば
雲間の月の
かげかとぞ見る

わたがしに
隠した灯り透けるたび
月をつくった
気がしてしまう
ー
人は来で
風のけしきもふけぬるに
あはれに雁の
音づれて行く

起きたらもう
花火の時間でしたから
夏に遅れて
今日が始まる
ー
月を見て
心うかれしいにしへの
秋にもさらに
めぐり逢いぬる

月住みて
いつも視線を感じてた
青い星から
何千年も
ー
谷深み
春のひかりのおそければ
雪につつめる
うぐひすの聲

春の歌
ガラス一枚へだてれば
まだ雪のある
入学式です
ー
花の色に
あまぎるかすみたちまよひ
空さへ匂ふ
山ざくらかな

ピンクだけ
君へ届けばそれでいい
花の名前は
あとからでいい
ー
木のもとの
苔の緑も見えぬまで
八重散りしける
山ざくらかな

wwwwwww
文字じゃないから好きだった
今日もわたしは
未満を生きる
ー
時鳥
こえをば聞けど花の枝に
まだふみなれぬ
ものをこそ思へ

青空は
まだ何も言わないままで
原稿だけが
夏を知ってる
ー
今日はもし
君もや訪ふとながむれど
まだ跡もなき
庭の雪かな

まだ白い
ページは今日を信じてる
あなたの名前
降るまでの時
ー
逢うことの
むなしき空の浮雲は
身を知る雨の
頼りなりけり

映画より
結末よぎる出逢いかな
「浮雲」の前
つい立ち止まる
ー
願はくは
しばし闇路にやすらひて
かかげやせまし
法の燈火

ねえ喪服
クリーニングにねと言われ
まだそれすらも
できそうにない
ー
闇晴れて
こころのそらにすむ月は
西の山邊や
近くなるらむ

旅立ちの
眠りの前に手を握る
こころの空に
朝夕月日
ー
終
