水に流したいかつての結婚:病に倒れる-11
▼ここからの続きです
怒っても、イライラしても、私は、術後この世にいないかもしれない

でも、私が死んでしまったら、旦那の思うつぼです
『嫁を亡くした可哀想な夫』として人から同情を買い、世話してもらって、
たれ目を武器に、不幸アピールするに違いない
死んでたまるか!
◆手術当日◆
病室に看護師さんが迎えに来て、車いすで手術室に移動です
エレベーターまで家族(私の両親と義母・義父・旦那)が見送ってくれて、
看護師さんと一緒にエレベーターに乗り込み、
心配かけないようにダブルピースをして笑顔で扉を閉めました
手術室前で点滴から麻酔薬を投与し、意識がなくなり、手術開始です

胸を大きく開き、
心臓を一旦外し、
大動脈弁と肺動脈弁を切り取り、
大動脈弁をポイッてして、
大動脈弁のところに肺動脈弁を付ける、無くなった肺動脈弁は移植・・・
10時間にも及ぶ手術を受けて、私が目を開けたのは翌日でした
◆配慮の行き違い◆
私が手術室に向かうエレベーターで、ダブルピースをして笑ったのは
泣きそうになっていた母親を安心させるためです
なのに義母は、うちの両親よりも前に出て、ダブルピースを返してきました

私が手術室に行ったあと、家族は待機室に行ったそうですが、
そこでも義母は、「お腹すいたでしょ、食べて」と
作ってきたおにぎりやらお弁当やらを広げたらしいです
これは義母の気遣いで優しさです
長い時間待つわけですし、心配する方も疲れますからね、理解はできます
けど、あまりにもズレている配慮に、憤りを覚えます
うちの母は「食べ物なんて喉に通らない」とボソッと嘆いていました
手術をする人が自分の子供だったら・・・と想像することもできないんだろうか
または、「心配でしょうけど何か口に入れた方が・・・」と両親の体を労わることはできないんだろうか
いや、きっとそういう意味でいろいろと作って来たんだと思う
ダブルピースを返したのも、手術に向かう私へのエールだったんでしょう
でも、場の空気を読まないとただのバカにしか映らない
・・・気を付けよう。
この続きも、少しずつ綴っていきます


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