「教育」と「福祉」のはざまで。~子どもに必要な支援とは~
今日は、若者の居場所づくりを行っている方に、色々なお話を聞くことができました。
その中で話題に挙がったのが、子どもに必要な支援を考える上で、「教育」と「福祉」のグラデーションを考える必要があるよね、ということ。
安心安全な場がなかったり、
集団の中でみんなと楽める社会性がまだ育っていない子を、
無理に「教育」のアプローチしても、
土台がグラグラなので、教育どころではなくて、
せっかく教えてもらったことも、自分の頭に入ってこない。
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たとえ、教育の中でも大切なのは「探求」で、
探求の本質は「問いを持つこと」で、
それ自体は、身近で素朴な問いから始まるのだとしても、
子どもの発達の状況によっては、
問いを持つことすらハードルが高い場合だってある。
「教育」は、万能のツールではない。
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だからといって、「福祉」だけでも片手落ちだ。
ひたすらに、寄り添って、見守って、安心安全な場を提供しても、
ぬるま湯に浸かるだけで満足しては、成長や自律は存在しない。
セーフティネットに依存し続ける状態は、
それが無くなったときに、本人が困ってしまう。
だからこそ、「安心」と「挑戦」を行ったり来たりできるように、「福祉」と「教育」は、子どもを支える両輪として、必要不可欠な存在なのだ。
どちらか一方だけで、なんとかしようとしてはいけない。
両方を視野に収めた上で、いま・ここの状況においては、この配合率で支援を提供する、という塩梅(バランス感覚)が大事なのだ。
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ちなみに、以前別の場所で聞いた話では、
認定NPO法人カタリバさんでは、
若者支援において「ナナメの関係」を大切にしているそうです。
「親」というタテの関係、「友達」というヨコの関係。
そのどちらでもない「ナナメの関係」。
ときには、親のように提案もする。
ときには、友達のように共感もする。
大切なのは「ナナメの角度」。
その時の子どもの状況を見て、
都度調節しながら対応しているそうです。
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子どもの居場所を考える上で、
「教育」と「福祉」
「トップダウン」と「ボトムアップ」
「タテの関係」と「ヨコの関係」
「挑戦」と「安心」
こういった両輪と、その塩梅。
そこには、常に葛藤がつきものなのかもしれないね。
ではまた!
「自分らしく幸せに生きる!」を対話で伴走する
メンタルコーチ トシ
