最寄りの本屋が無くなった
先日、駅直結の最寄りの本屋に行くと店頭に一枚の張り紙が。
「当店は3月31日をもちまして閉店いたします。
長年のご愛顧ありがとうございました。」
いつもはぎゅうぎゅうにペンが詰まってる文房具コーナーは50%OFFのためか、すっからかん。
在庫の本もなくなってきているのか、ところどころ隙間がある棚。
普段よりお客さんが多い気がする。
引っ越してきて本屋の存在に気付いたとき、帰り道毎日寄れるなぁと嬉しくなった。
実際かなりの回数立ち寄って、ONE PIECEの新刊も本屋大賞をとった小説も話題の新書も全部ここで買った。
電車が来るまでの時間を有意義な時間にしてもらった。
引っ越してきてから丸6年、かなりお世話になった。
思い出がたくさんある。
電子書籍ももちろんいいけど、紙の本が好きだ。
表紙の手触りやページをめくったときの感触、匂いなどなど。
将来的には本に囲まれる部屋で生活したいと思っている。
贅沢言わないから一部屋は欲しい。
もはや常時青木まりこ現象生活でも許容できるんじゃないかと思う。トイレの隣の部屋にさえすれば。
というか読書はトイレで座ってするのが1番捗る説ある。
いざ無くなると思うと、ありきたりだけど寂しい気持ちになる。
でも、もっと行けばよかったとか、もっと買えばよかったとか、そんな気持ちにはならないけど。
もうこれ以上してあげられることはないくらいには利用した。
そんなことを考えてたら、2年前におばぁちゃんが亡くなったことを思い出した。
幸い身近には元気な人が多くて、物心ついてから親族が亡くなるのはおばあちゃんが初めてだった。
喪失感や自分の両親のメンタルの心配、亡くなる直前は病気で辛そうだったから楽になってよかったって安堵感など色んな感情がごちゃごちゃだった。
でもやっぱりもう会えないという辛い気持ちが1番大きかった。
初孫ってのもあって、会うとお腹がはち切れそうになるまでご飯を作ってくれたり、持つのがかなり大変な量の手土産をくれたり、相当可愛がってくれた。
おばあちゃんは関西に住んでいたから、長期休みに関東からはるばる会いに行くのを毎年楽しみにしてた。
いつでも会える・行けるというのは尊いことだ。
そこにあるのが当たり前、そこにいるのが当たり前。
もちろん悪くない、それが1番いい。
しかし、時間が経つにつれて物事は変化していく。
一個人ではどうしたって抗えないことはたくさんある。
ジャネーの法則というものがある。
人間は歳をとるにつれて、時間の経過が早く感じるという法則。
歳を取るごとに"1年"の比率が小さくなるためと言われており、幼少期の方が時間の経過を長く感じる。
時間が経つにつれて物事は変化していく上に、この時間すらも早く感じるのだ。
これを打ち破るために以下のような方法が提唱されている。
子どもの頃は、見るもの聞くものが、初めてのことばかりで、毎日が新鮮で、新しい出会いや新しい発見が多々あります。しかし、大人になるにしたがって、新しい経験をする機会が徐々に失われていってしまいます。そう、大人になると、「時間がアッという間に過ぎ去ってしまった」と感じるのは、日々の生活に、新鮮味がなくなるからなのです。
1年が早く過ぎ去ってしまうのを止めるためには、何か新しいことをすればいいのです。
そう、あなた自身が、何か新しいことに挑戦すればいいのです。
新しいことに挑戦する。
挑戦というと、なかなかハードルが高く感じてしまう。
このハードルを限りなく低くして日々できること、それは"意識すること"ではないかと思う。
存在してくれていると"意識すること"。
当たり前ではないと"意識すること"。
意識することで、新鮮なありがたみを享受できると思う。
歳を取ってきてジャネーの法則をひしひしと感じている。
気付いたらなくなっている店がたくさんあるし、気付いたら半年、1年経っている。
日常を当たり前として受け流してしまうのではなく、"意識して"受け入れる。
時間の流れは止めようがない、そこに対してのわずかながらの対抗だ。
本屋は全国で閉店が相次いでいるらしい。
2003年には約21,000店舗あったが、2023年には約11,000店舗まで減少している。
私の最寄りの本屋もその波に抗えなかった。
あと10日ちょっとで閉店。
頭の中の積読本でも買いに行こう。
