昭和の雑談は、令和では使えない
夫と出かけた先で、ある店の前を通った。
「あ、この店、新人の頃に上司と飯食った」
へえ。
「考えたらもうあの頃の上司と同じ歳なんだよな」
それは怖い。
新人の頃、ずいぶん大人に見えた上司。
気づけば夫も、その年齢になっていた。
今では夫が、新人とご飯を食べる側である。
「へー。何の話するの?」
何気なく聞いた。
夫は、
「難しい😓」
と言った。
何が。
聞けば、昔は上司から何でも聞かれたらしい。
「彼女いるのか?」
「休みの日、何してるんだ?」
「最近遊んでるのか?」
そのまま恋愛話。
下ネタ。
今なら一発で空気が凍りそうな話題が、
当時は雑談だった。
上司は部下の仕事ぶりだけでなく、
恋愛、休日、結婚予定まで、
なぜか担当業務だと思っていた。
個人情報保護という概念なんかない。
夫たちの世代は、
それを受けてきた。
聞かれたくなくても聞かれる。
飲みたくなくても付き合う。
上司の昔話も聞く。
下ネタにも適当に笑う。
そうやって会社員をやってきた。
そして30年。
ついに自分たちが上司になった。
さあ。
今度はこちらの番である。
と思ったら、
全部ダメになっていた。
彼女いる?
聞くな。
結婚は?
聞くな。
子どもは?
絶対聞くな。
休日何してる?
まあ聞けなくはないが、
慎重に行け。
下ネタ?
死ぬ気か。
若い頃は、
上司がこちらのプライベートにノックもせず入ってきた。
自分が上司になった頃には、
玄関前に
「関係者以外立入禁止」
の看板が立っていた。
別に夫は、
新人の恋愛事情を聞き出したいわけではない。
下ネタを披露したくて30年働いてきたわけでもない。
ただ、
昔の上司がやっていたことを参考にしようとすると、
参考資料がほぼ全ページ黒塗りなのである。
だから仕事上、新人と食事をすることになっても、
何を話したらいいのかわからない。
仕事の話ばかりではつまらない。
かといって私生活には踏み込めない。
結果、
「ちゃんと休めよ」
「リフレッシュしろよ」
になる。
53年生きてきて。
新人に伝えたいこと、
休養だけしかない。
でも考えてみれば、
なかなか損な世代である。
若い頃は、
「これくらい普通だから」
で耐える側。
歳を取ったら、
「今はそういう時代じゃないから」
で気をつける側。
普通だった時代の恩恵は受けていない。
普通じゃなくなった時代の責任だけは負う。
新人時代は上司に気を遣い、
上司になったら新人に気を遣う。
ずっと気を遣っている。
いつこっちのターンが来るんだ。
たぶん来ない。
そして夫は今日も、
コンプライアンスという巨大な柵の内側から、
新人に安全な言葉を投げかける。
「休めよ」
「リフレッシュしろよ」
もはや上司というより、
会社の休憩室に貼ってあるポスターである。
