「どうしてニコニコしてるの?」と真顔で聞かれたあの日 | あの日の問いが、今の私を救ってくれた
学生のとき、友人と話している最中に、
急に真顔でこう聞かれた。
「どうしてニコニコしてるの?」
その瞬間、私は胸をつかまれたような衝撃を受けた。
理由なんて特にない。
人と話す時は笑顔でいるもの、
そうするのが礼儀であり当たり前だと、どこかで思い込んでいたから。
同時に、なぜ彼女はその質問に至ったのかを考えるきっかけにもなった。
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“笑顔は礼儀”と思い込んでいた私🌟
彼女はいわゆる“ポーカーフェイス”のタイプ。
感情が表情に大きく出るわけではなく、淡々としている。
一方で、私は喜びや前向きな気持ちがすぐ顔に出るし、場の雰囲気を良くしたくて、意識的に笑うことも多かった。
けれど、本当はかなりしんどく、自分自身を苦しくしていた。
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本当はしんどかった「ずっと笑顔でいること」😶🌫️
私は、人と2時間以上一緒にいるのが苦手だ。
人間関係が嫌いなわけではない。
ただ、顔が疲れてしまう。
だんだん笑えなくなり、表情が固まっていく。
楽しくないわけではないのに、「楽しくないのかな?」と思われてしまうのが嫌で、長時間の付き合いを避けていた。
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彼女の問いが照らした「長所と思っていた部分」💭
そんな私の背景は知らない彼女だが、
ふと不思議に感じたのだろう。
面白くもないのに、なぜ笑っていられるのかと。
その問いは、当時の私にとってはかなり複雑だった。
“ニコニコしている自分”は、長所だと思っていたから。
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けれど、あの言葉のおかげで気がついた。
「いつも笑っている=良いこと」とは限らないのかもしれない。
笑顔が礼儀だと信じていたけれど、それは同時に、自分を疲れさせる原因にもなっていたのだ。
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パニック・不安障害で、笑顔を維持できなくなった🌳
それからというもの、社会人になっても"ニコニコして接する"ことを続けていた。
そうすることで生きてきたから、なかなか自分を変えることは難しかった。
けれど後に、パニック障害や不安障害を経験して、私は“ニコニコしすぎること”をやめた。
正確に言えば、そんな余裕がなくなったのだと思う。
ずっと、人といるときは笑顔でいなければいけない。
その場を明るくしなければいけない。
そう思い込んで、無意識に自分を追い込んでいた。
でも、病気を経て初めて気づいた。
「笑っている余裕なんかない」という感覚は、
“自分を大切にしてほしい”という身体からのメッセージだったのかもしれない。
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無理な笑顔を手放して生きること💫
無理に笑わない日があってもいいんだ。
表情が固いままでも、その時間をどう感じているかは自分にしかわからない。
人は、自分が思っているより自分を見ていない。
誰かのための笑顔よりも、自分が安心できる表情でいるほうが、ずっと健全だった。
あの日、「どうしてニコニコしてるの?」と聞かれたことで始まった気づきが、
時間を経て、もう一度大切なことを教えてくれました。
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