「子ども」というものを、やってみたい【ハッピーライティングマラソン #54】
ハッピーライティングマラソン。今週のお題は、
もし1週間だけ別の人生を体験できるなら、誰になりたい?
日本ではない国で、
ちっちゃな女の子になってみたい。
ただ、
小さな子どもとして、
そこにいてみたい。
「子ども」というものを、
一度まるごとやってみたい。
そして、周りの大人たちに、
無条件の愛で受け止めてもらいたい。
私の氣持ちを、
そのまま聴いてもらいたい。
嬉しいことを話したら、
「それは嬉しいね」
と、ぎゅうっと抱きしめてもらう。
悲しいことを話したら、
「それは悲しかったね」
と、ぎゅうっと抱きしめてもらう。
怖かったことを話したら、
「それは怖かったね」
と、ぎゅうっと抱きしめてもらう。
思い切り泣き叫んでみたい。
駄々をこねてみたい。
「いやだ」と何度も言ってみたい。
「もっと」と何度も言ってみたい。
「抱っこして」と、何度でも言ってみたい。
誰かを困らせてしまってもいい。
だって、それが子どもだと思うから。
聞き分けのいい子ではなくて、
大人の顔色を読む子でもなくて、
ずっと言われ続けてきた
「おとなしい子」でもなくて。
一週間だけでいいから、
思いきり、わがままな子どもをやってみたい。
周りの大人の幸せの責任を、
子どもが負わなくていい世界。
周りの大人の感情に、
振り回されなくていい世界。
周りの大人の感情を吸い込んだり、
その感情に罪悪感を抱いたりしなくていい世界。
そんな世界で、
私はただ、
安心しきって存在してみたい。
何かができるからではなくて。
いい子でいるからでもなくて。
誰かの期待に応えたからでもなくて。
ただ、私が私としてそこにいるだけで、
愛されるということを、
体験してみたい。
泣いてもいい。
怒ってもいい。
甘えてもいい。
わからなくてもいい。
何も背負わず、
小さなままでいられる時間を、
一週間だけ味わってみたい。
「子ども」というものを、
やってみたい。
‧₊˚ ⋅ ‧₊˚ ⋅ ‧₊˚ ⋅ ‧₊˚ ⋅ ‧₊˚
サムネイルの中の女の子と目が合った瞬間、
ずっと奥にしまっていた涙が、ふっとこぼれました。
この一年、ハッピーライティングマラソンで書いてきた記事の中で、
一番癒されました。
この文章は、悲しんだり嘆いたりするためではなく、
私の中にいる「ちっちゃなあやこちゃん」を、
そっと迎えに行くために書いたように思います。
「あなたは、子どもでいてよかったんだよ」
と、もう一度伝えてあげたかったんです。
こんなふうに自分の内側に触れられるようになったのは、
やはりエモーションコードのおかげだと、
改めて感じています。
ほんとうに「ハッピー」です。
本田健さん、ありがとうございます。
読んでくださったみなさん、ありがとうございます。
