見出し画像

肉の日、終わる 【ヴィーガンになる前に読む最後の肉食短編集】

西暦2049年、梅雨明けの猛暑が続く7月のある日、政府は唐突に「29日(肉の日)を廃止する法案」を可決した。

理由は明確だった。畜産による温室効果ガスの排出量が、もはや「文化」という言葉で守れる限界を超えていると。

「肉」はとうに高級品になっていた。牛一頭から排出される膨大なCO₂、穀物の大量消費、水資源の浪費。それらすべてが「非倫理的」というレッテルを貼られ、スーパーの精肉コーナーは合成タンパク質で作られた偽物で満たされて久しかった。

だが、29日だけは特別だった。

政府は年に12回、この日に限って"本物の肉"の解禁を認めていた。人々はこの日を「肉の解放祭」と呼び、月に一度のごちそうを求めて夜明け前から列をなす光景が、どの町でも見られた。

その最後の伝統が、今月で終わるという。


川崎区の古びた商店街のはずれに、小さな精肉店があった。看板には「カワサキ精肉店」と、色あせた金文字が揺れている。店の周りには例年なら30人は並ぶはずの場所に、今日は誰もいなかった。

主人の川崎雄三(75)は、朝刊を畳み、静かにため息をついた。額にはかつて若かった頃、包丁を握る手に力があったことを思わせる筋が浮かんでいる。

「……とうとう、来ちまったな」

彼は親父の代から続く、この店で最後の番頭となった男だった。

この店は、毎月29日にだけ開く。店の冷凍庫にある"合法な牛肉"は、政府から正式に許可を得た最後の数キロだけ。

年々配給は減っていき、今では1日で売り切れる量しか届かない。赤身はからっと乾いて、脂身は黄色みがかった、品質も今ひとつの肉だ。でも、川崎商店街の住民はこの日を楽しみにしていた。

中でも常連の水野という中年男は、毎月ここで200グラムのサーロインを買っていくことを15年間続けていた。前月も「来月はもう来れないかもしれない」と言いながら、結局買いに来た男だ。

店を開けて2時間経った21時17分、ドアが不意に開いた。

「やっぱり、来ちまったか」と川崎が言った。

入ってきたのは水野だった。いつもは背広にネクタイだが、今日は白いTシャツと短パン姿だった。汗で髪がべたついている。

「今日は最後の肉の日ですね、カワサキさん。暑いのに開けてくれて、ありがとう」

「おう。……にしては、あんたしか来てねえな。みんな、どこ行った?」

「そりゃあ、みんなビビってるんでしょ。このタイミングで『食肉履歴の開示義務』も始まったから…」

水野は湿った額を拭いながら言った。彼の声には、言いようのない諦めと寂しさが混じっていた。

食べた肉の記録は、個人のカーボンIDと連動して保管される。過去に何グラムの牛肉を消費し、どれだけのCO₂を"嗜好"のために排出したか。それは"地球への加害歴"として、就職やローン審査に影響すると噂されていた。

「もう、肉を食う権利さえ制限される世の中さ…」と水野はつぶやいた。

水野は財布から小さな封筒を取り出した。「これ、例の『非登録分』です。内緒でお願いします」

川崎はそれを無言で受け取った。二人はこの十数年、この「内緒の取引」を続けていた。公式な配給以外にも、川崎には「ルートがある」ことを水野は知っていた。そして、水野は決してそれを口外しなかった。

川崎は奥から一枚の肉を持ってきて、破れかけた古い包み紙でくるんだ。その紙は今では生産されていないデザインで、かつて彼の店が繁盛していた頃の名残だった。

「うちも今日で終わりだ。もう牛は切らねえよ」と川崎は言った。彼の顔には、もうすぐ終わる長い人生の一章への惜別の思いが浮かんでいた。

「じゃあ、これが最後の一枚ですね。記念に…写真、撮ってもいいですか?」と水野は尋ねた。彼はこの店を知らない息子たちに見せたかったのだ。

「やめときな。記録に残すもんじゃねえ」と川崎は頑なに首を振った。「これは、心で味わう肉だ。昔、俺の親父が言ってた。『最後の一枚は、記憶になるまで、じっと味わえ』ってな」

二人は言葉少なく別れた。


その夜、水野は自宅のキッチンで、ゆっくりと肉を焼いた。家族は寝ている。誰にも見せず、分け与えることなく、彼だけの贅沢だった。

鉄板の上で脂が跳ねる音、焦げた匂い、立ち上る湯気。これらは彼の子どもたちが知らない感覚だった。彼らは代替肉しか知らない世代だ。

水野は一口かじって、目を閉じた。口の中で広がる肉の旨味に、目の奥に何かがにじんだ。

あれは2009年、彼がまだ学生だった頃だったろうか。父親が給料日に奮発して買ってきた牛肉を、家族みんなで囲んだ夜の記憶。母が「もったいない、少しずつね」と小さく切り分けた塊を口に入れた瞬間の幸福感。

「うまい…」

水野はそう呟き、窓の外を見た。遠くの空に、花火のような光が見えた。首都では「肉の日廃止記念セレモニー」が開催され、歓声が上がっているのだろう。


翌朝、全国ニュースが報じた。

「2049年7月29日。長年続いた『肉の日』廃止を記念して、全国の都市で『未来のための断肉宣言』のセレモニーが行われました。これにより、日本は完全な脱肉社会へと踏み出しました」

街にはもう、肉の匂いはない。

だが、遠く川崎の町のはずれで、小さな精肉店の赤い冷凍庫がひとつ、音もなく閉じられた。

中には、誰にも渡さなかった最後のサーロインが一枚だけ残されていた。川崎雄三は、それを誰にも売らなかった。

「肉は罪じゃねえ」と彼は一人つぶやいた。「けど、記憶になったほうが、ずっと美しい」

彼は50年前に父から譲られた包丁を最後に研ぎ、合言葉を知る者だけが開けられる冷凍庫の鍵を閉めた。

川崎は最後の肉を"遺品"のように冷凍庫にしまい、静かに看板を外した。彼は市電通りに面した店の扉を閉め、電気を消した。

その日から、川崎区の住民たちは、月に一度のささやかな贅沢を失った。代わりに彼らが得たのは、いつか語り継がれるかもしれない、最後の肉の記憶だけだった。

#創作大賞2025 #脱炭素
#カーボンニュートラル
#お仕事小説部門 #カーボンダイエット#ヴィーガンになる前に読む最後の肉食短編集

いいなと思ったら応援しよう!

國分裕之 あなたのチップが、観測を続けさせてくれます。SNE理論・GX実践の書籍化と、毎日更新の継続に使わせていただきます。応援、ありがとうございます。

この記事が参加している募集