標高のアドバンテージ 【ヴィーガンになる前に読む最後の肉食短編集】
「2040年夏季オリンピック開催都市は、モンゴルの首都ウランバートルに決定しました!」
IOC会長の発表に、会場からは困惑と驚きの声が上がった。記者たちは一斉に質問を投げかけた。
「なぜ伝統的な開催国ではなく、モンゴルなのですか?」
会長は穏やかな表情で答えた。
「皆さんご存知の通り、気候変動により、夏季の平均気温は20年前と比べて3.5度上昇しました。アスリートの安全と競技の公平性を考慮し、標高1300メートル以上の都市でしか夏季オリンピックを開催できなくなりました」
それは新しい現実だった。前回の2036年パリ大会では、7月の平均気温が42度を超え、複数の選手が熱中症で倒れ、二人が命を落とすという悲劇が起きた。屋外競技の多くは早朝か深夜に行われ、マラソンは「歴史的例外措置」として冬に開催された。
それ以来、IOCは「高地開催」という新しい基準を設けたのだ。
会長は続けた。「候補となるのは、ウランバートル、アディスアベバ、ラパス、キト、ボゴタなど、標高の高い限られた都市です。これらの都市なら、夏でも比較的気温が低く、アスリートが安全に競技できます」
ウランバートルのオリンピック選手村で、日本代表陸上チームのコーチ・鈴木は選手たちに説明していた。
「モンゴルの夏は暑いが、標高が高いため、日中でも30度程度にとどまる。ただし、高地特有の酸素濃度の低さには要注意だ」
若い短距離走者が手を挙げた。
「でも、地元のモンゴル選手は高地に慣れていて有利じゃないですか?」
鈴木は頷いた。
「その通り。『高地オリンピック』の時代になって、競争の様相が変わった。かつての大国アメリカや中国、ヨーロッパ諸国は苦戦し、エチオピア、ケニア、ボリビア、ネパールといった高地国家の選手たちが台頭している」
それは皮肉な歴史の転換だった。かつて経済力で圧倒していた先進国は、気候変動対策に十分投資せず、その結果、スポーツの世界でも地位を失いつつあった。
オリンピック閉会式の夜、国際オリンピック委員会の特別会議が開かれていた。
「今回の大会で、メダル獲得上位10カ国のうち7カ国が発展途上国でした」と事務局長が報告した。「特にエチオピア、モンゴル、ネパールの躍進が顕著です」
「先進国からの不満が高まっている」とある委員が懸念を示した。「彼らは『高地アドバンテージ』を不公平だと主張している」
会長は静かに言った。「皮肉なことだ。かつて彼らは『経済アドバンテージ』を当然のものとしていた。最高の施設、最高のコーチ、最高の栄養管理...それらは発展途上国には手が届かなかった」
「では、どうすれば?」
「2044年大会以降は、すべての選手に最低3ヶ月間の高地順応期間を義務付けることを提案する。開催都市に選手村を早期に開放し、すべての国が平等に順応できるようにする」
2048年、エチオピアの首都アディスアベバでのオリンピック開会式。標高2355メートルのスタジアムは満員だった。
開会式では、かつてのオリンピック強豪国だった日本からの特別ゲスト、106歳の元マラソン金メダリストが登場した。
「私の現役時代、日本は真夏の東京でオリンピックを開催しました。当時でさえ暑さとの戦いでしたが、まだ屋外競技が可能でした。その後、人類は選択を誤りました」
彼は続けた。
「しかし、スポーツには人類を団結させる力があります。今日、私たちは『高地の時代』を迎えましたが、それは新たな公平さをもたらしました。かつて恵まれなかった国々が光り輝く機会を得たのです」
会場からは拍手が沸き起こった。
大会後、IOCの報告書には次のように記された。
「気候変動という人類の危機は、思いがけない形でオリンピック精神の『平等』を促進した。経済力ではなく、地理的条件が競争の新たな基盤となり、スポーツの世界地図を塗り替えた」
そして最後に、この皮肉な一文が添えられていた。
「人類が地球環境を変えた結果、地球は人類のスポーツを変えた。これは自然の持つ究極の『平等化装置』なのかもしれない」
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