2度の平均値 【ヴィーガンになる前に読む最後の肉食短編集】
2040年、世界は気候変動対策の大勝利を祝っていた。
「我々は成功した!」と国連気候サミットの議長は高らかに宣言した。「パリ協定の目標である『産業革命前と比較して世界の平均気温上昇を2℃未満に抑える』という目標を達成しました!」
大画面には「世界平均気温上昇:1.9℃」という数字が踊っている。会場からは大きな拍手と歓声が上がった。50年にわたる排出規制に耐え、再エネ投資を続け、国際炭素税という苦い薬を飲み続けた成果だ。
サミットの最中、気象学者の田中は黙って会場を後にした。彼の表情は硬く、どこか虚ろだった。
研究室に戻ると、同僚の山本が声をかけてきた。
「どうしたんだ?みんな祝杯あげてるのに」
「平均値の罠だよ」
田中はため息まじりに言って、壁面ディスプレイを起動した。そこには気温上昇の地域差が色分けして表示されていた。北極圏は深い赤、南極大陸周辺も赤く染まっている。北緯60度以北は4〜5℃の上昇。赤道付近のアフリカ、東南アジア、中南米の国々も赤みがかっていた。それらの地域では3.2〜3.8℃の上昇。一方、パリやニューヨーク、東京など先進国が集中する温帯地域は0.5〜1.5℃の上昇に留まっていた。
「平均は確かに1.9℃だが、これじゃ…」
言葉を飲み込んだまま、田中は窓の外を見た。11月のロンドンは今日も小雨まじりの曇り空。気温は先週より少し高いが、大した変化は感じない。しかし彼の心の中には、地図に赤く染まった地域で暮らす数十億の人々への思いがあった。
2045年2月17日、国連は緊急会議を開いていた。議題は「気候難民危機への対応」。会議場の空気は重く、誰もが答えのない問いに押しつぶされそうだった。
「過去3年間で、約4億人が住んでいた地域が実質的に居住不可能になりました」
国連難民高等弁務官の声には疲労感が滲んでいた。彼女はここ2ヶ月、ほとんど眠っていないように見える。
「主に赤道付近の国々です…」
壁一面に投影された地図上では、赤く塗られた広大な地域が「Uninhabitable Zone(居住不可能地帯)」と表示されていた。それは子どもの頃に見た地図とは明らかに違うものだった。気温と湿度の組み合わせが人間の生理的限界を超え、屋外活動が命に関わる日が年間200日を超える地域—そこはもはや人が住める場所ではなかった。
最初に放棄されたのはペルシャ湾岸の都市だった。夏の湿球温度が35℃を超える日が増え続け、エアコンなしでは数時間で熱中症死するリスクが生じた。ドバイは2041年の電力インフラ崩壊後、ゴーストタウンと化した。あれほど誇らしげだった超高層ビル群は今、砂と埃に覆われつつある。
次に東南アジアの沿岸部と中央アフリカが続いた。何億もの人々が北へ、より涼しい地域へと移動を始めた。史上最大の民族大移動—それは21世紀半ばの世界を特徴づける出来事となった。
国連気候変動特別委員会の委員長となった田中は、北京での記者会見で厳しい表情を崩さなかった。かつて1日平均40度を超える日が年に10日程度だった北京でさえ、今や8月は危険水域に近づいている。
「我々は平均値という数学的概念に騙されていたんです」
田中の声には後悔が滲んでいた。彼は45歳になっていたが、白髪が目立ち、実際の年より老けて見えた。
「2℃という『平均』の裏に隠れた極値に目を向けるべきだった」
2050年、長野県の山小屋で隠居生活を送っていた田中のもとに、若い歴史学者が訪ねてきた。
「気候難民の大移動から5年が経ちました。あなたの証言を記録させてください」
田中は窓の外を見た。昔は雪に閉ざされていたという2月の山々も、今は緑が残っている。標高1500メートルのこの場所は、今や日本でもっとも住みやすい地域の一つだった。東京の夏は危険水域に近づき、多くの人が高地や北海道へ移住していた。
「世界の人口分布は完全に変わったね」と田中は静かに語り始めた。「かつて人口密集地だった赤道付近の国々は事実上無人となり、温帯地域、特に北緯40度から60度の地域に人口が集中した」
彼は古い写真立てを手に取った。そこには2027年、まだ若かりし日の彼と研究チームの写真があった。バングラデシュでのフィールドワーク中の一枚だ。当時は「最悪のシナリオを避ける最後のチャンス」と語っていた。
「平均気温上昇を1.9℃に抑えることには成功した。でも、その代償として世界の居住可能面積の約30%を失った。バングラデシュという国はもう存在しない」
雨が窓を叩き始めた。2月の長野で雨が降るなんて、昔なら考えられなかっただろう。
カナダ、ロシア、スカンジナビア諸国など、以前は厳しい冬で知られていた地域が、今や「新・適温帯」として人類の主要な居住地となっていた。気候難民の大移動は国際秩序を根本から変えた。国境は意味を失い、新たな共同体が形成された。
「気候変動対策の真の教訓は何だったのか」と歴史学者に問われ、もう髪が真っ白になった田中は答えた。
「平均値は便利な指標だが、それに頼りすぎると現実を見失う。気温上昇を『平均2℃未満』に抑えようとした私たちは、その『平均』の中に隠れた致命的な地域差を見落としていた」
彼は窓の外を見た。かつては寒冷だったこの北の地には、世界中から集まった人々が新たな文明を築いていた。南の空には、もはや人が住めなくなった故郷の方角が広がっていた。
「次は何を失うことになるのか」と田中は呟いた。「自然はいつも平均ではなく、極値で私たちを試す」
歴史学者が帰った後、田中は古いノートを開いた。2022年、まだ若手研究者だった頃の計算メモが残っていた。そこには「平均値の罠—地域別シミュレーション急務」と走り書きされていた。彼はため息をついて、ノートを閉じた。
長野の山の夕暮れは、まだ美しかった。少なくとも、ここでは。
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