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本能の連鎖 【ヴィーガンになる前に読む最後の肉食短編集】

「シンガー教授の『動物の解放』を熟読しました」と青年は言った。「しかし歴史を振り返れば、これは新しい思想ではない」

円形の会議室には、様々な立場の人々が集まっていた。動物倫理学者、生物学者、歴史学者、そして一般市民代表として選ばれた青年。「動物との共存会議」の第三回目だった。

「それは?」と、白髪の女性教授が眉を上げた。

「徳川吉宗の『生類憐みの令』です」と青年は答えた。「1723年、すでに犬や猫、鳥や昆虫に至るまで保護する法令を出した」

歴史学者の佐々木が頷いた。「確かに表面的には似ていますね。吉宗は野良犬を保護し、鳥獣魚虫への無益な殺生を禁じました。しかし根本的な思想は異なります」

「どう違うのですか?」

「吉宗の令は仏教的慈悲と儒教的徳治主義から来ているのに対し、シンガーの理論は功利主義と平等原則に基づいています」佐々木は説明した。「一方は統治者の徳を示す手段、他方は種差別への批判です」

そのとき、全員のデバイスが同時に震えた。緊急通知だ。「第4地区実験動物脱走事故」という文字が画面に浮かび上がる。

「続けましょう」と議長は言った。「安全部門が対応します」

しかし青年は落ち着かない様子だった。

「問題ですか?」と生物学者のマーティンが尋ねた。

「私の妹が第4地区の研究所で働いています」と青年は言った。「しかし本題に戻りましょう。私が言いたいのは、動物の『解放』という概念自体が人間中心的ではないかということです」

「どういう意味で?」と動物倫理学者のハンセンが身を乗り出した。

「動物は『差別』や『搾取』という概念を持っていますか?」青年は問いかけた。「シンガー教授は『種差別』を人種差別や性差別と同列に論じます。でも動物自身はそのように考えているのでしょうか?」

「それは擬人化の誤りですね」とマーティンが言った。「動物の感覚や経験を人間のそれと同一視するのは科学的に…」

再び通知が全員のデバイスに届いた。「危険度アップグレード:レベル3」

「何が脱走したんですか?」青年は不安げに尋ねた。

誰も答えなかった。

「話を続けましょう」と議長は言った。「食物連鎖についてのご意見は?」

青年は深呼吸し、落ち着きを取り戻そうとした。「自然界では、あらゆる生物が他の生物を食べて生きています。ライオンがシマウマを殺す時、それは『虐待』ではなく『本能』です」

「それは自然主義的誤謬です」とハンセンが言った。「自然にそうだからといって、道徳的に正しいとは限りません」

「しかし逆に」と青年は続けた。「人間だけが自然の法則から離れなければならない理由はあるのでしょうか?食物連鎖の頂点にいる私たちが、他の動物を利用することは、他の捕食者と同じく自然なことではないですか?」

部屋に沈黙が広がった。

「鍵となる違いは」と女性教授がついに言った。「人間には『必要のない苦痛を与えない選択をする能力』があることです。ライオンには代替タンパク質を選ぶ道徳的能力はありません。私たちにはあります」

「でも『必要』とは誰が決めるのでしょう?」と青年は問うた。「食肉は必要か?実験は?娯楽は?」

三度目の通知。「避難警報:全員即時退避」

「何が起きているんです?」青年は立ち上がった。

議長はため息をついた。「知る権利がありますね。第4地区では新型脳機能拡張実験を行っていました。類人猿の認知能力を人間レベルまで高める実験です」

「まさか…」

「そう、彼らは脱走しました。しかも兵器庫を襲ったようです」

「なぜそんな実験を?」青年は顔面蒼白になった。

「『食物連鎖の頂点を極める』ためです」と議長は皮肉っぽく言った。「人間の認知能力の解明と拡張。あなたの言葉を借りれば、『人間に害のない範囲で』の実験でした」

館内放送が突然鳴り響いた。「全員、シェルターへ避難してください。繰り返します…」

「皮肉なことに」とハンセンが静かに言った。「彼らは『差別』や『搾取』の概念を理解できるようになったようです」

青年の携帯が鳴った。妹からのメッセージだ。
「兵器を持った彼らが言っていたよ—『なぜ人間だけが決める権利がある?』って」

避難する人々の間で、青年は足を止めた。「彼らは本能に従っているだけなのでしょうか?それとも…」

言葉が途切れたとき、遠くで爆発音が聞こえた。食物連鎖は、予想外の方向に進化していた。

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