カーネルの選択 【ヴィーガンになる前に読む最後の肉食短編集】
2037年、東京・赤坂。
KFCジャパン本社の会議室には、重苦しい空気が漂っていた。壁面スクリーンには「鶏肉調達危機」と書かれた資料が映し出されていた。
「状況は予想以上に深刻です」
サプライチェーン責任者の森田は眉間にしわを寄せながら報告を続けた。
「昨年の世界気候協定で、牛肉と豚肉への炭素税が倍増した影響で、鶏肉への需要シフトが加速しています。特に日本では、昨年比で鶏肉需要が28%増加。これに中国とインドの消費増が重なり、高品質な鶏肉の確保が極めて困難になっています」
CEOの田中は厳しい表情で質問した。「調達価格はどうなっている?」
「直近1年で57%上昇しました。このままでは当社基準を満たす鶏肉の安定確保は不可能です」
会議室が静まり返った。KFCの看板である「フライドチキン」。その核心である高品質な鶏肉の調達が危機に瀕していた。
田中CEOは黙ってその場を立ち、窓際に歩み寄った。オフィスの窓からは、東京の街並みが見渡せる。
「創業者のカーネル・サンダースが生きていたら、何を選択するだろうか」
彼は小さく呟いた。窓ガラスに映る自分の顔に、解決策を求めるように。
その時、会議室のドアが開き、若手の研究開発マネージャー、佐藤が入ってきた。
「お待たせしました。プロジェクト"カーネル・フォワード"の最終報告です」
彼女はタブレットを操作し、壁面のスクリーンを切り替えた。そこには「Beyond Original Recipe」と書かれていた。
「私たちが過去3年間取り組んできたプロジェクトの成果です。秘伝の11種のハーブ&スパイスの味わいを完全に再現しながら、素材は柔軟に変更できるシステムを開発しました」
佐藤はテーブルの上に置かれた保温ボックスを開け、何種類かのフライドチキンのような料理を取り出した。
「これが従来のフライドチキンです。そしてこちらは代替タンパク質バージョン。こちらは培養肉バージョン。最後にこちらがハイブリッドタイプです」
全員が試食を始めた。CFOのジョンソンは驚いた表情で言った。
「味の差がほとんど分からない」
佐藤は頷いた。「鍵は衣とスパイスです。カーネル・サンダース氏のレガシーである11種のスパイスは、素材が何であれ、独特の風味を生み出します」
田中CEOは沈黙のまましばらく考え込んでいた。そして、ようやく口を開いた。
「決断しました。来年から新戦略"カーネルズ・チョイス"を展開します。従来の鶏肉、培養肉、代替タンパク質の3種類から顧客が選べるシステムです。価格は炭素強度に応じて設定します」
彼は立ち上がり、窓際に歩み寄って東京の街を見下ろした。
「カーネルズ・チョイス戦略の核心は、変えるべきものと変えてはならないものを見極めること。変えるのは素材。変えないのは味と体験です」
森田が確認するように尋ねた。「培養肉や代替肉の調達は大丈夫なのですか?」
佐藤が答えた。「日本のフードテック企業5社と提携し、専用施設を建設中です。スパイスミックスの力で、どの素材も本物のKFCの味になります」
田中CEOはうなずいた。「カーネル・サンダースは、常に時代に合わせて変革を続けた人物だ。彼の遺産を守るということは、その精神を守るということだ」
2039年、渋谷。
KFC渋谷センター街店の店頭には「カーネルズ・チョイス」の看板が掲げられていた。店内のタッチパネルには三つの選択肢が表示されている。
「クラシック」(従来の鶏肉)
「フューチャー」(培養肉)
「プラント」(植物性代替肉)
大学生の健太と友人たちがカウンターに並んでいた。
「どれにする?」友人の一人が尋ねた。
「やっぱり"フューチャー"だな。家畜を減らしつつ、同じ味が楽しめるなんて、最高じゃん」
彼らの後ろには、家族連れや会社員、様々な年齢層の客が並んでいた。それぞれが自分の価値観に基づいて選択している。
店内のデジタルボードには、本日の選択比率が表示されていた。
「クラシック:35% フューチャー:40% プラント:25%」
カウンターでは年配のスタッフが新人を指導していた。
「人々は選択肢そのものに価値を見出している。どれを選んでも、カーネルのスパイスの味わいは変わらない。それが私たちの強みだ」
店の壁には、フライドチキンの横に立つカーネル・サンダースの肖像画。その下には小さな文字で書かれていた。
「時代は変わっても、味は変わらない」
健太が席に着いて、フライドチキンを一口かじった。思わず目を閉じる。
「やっぱり、このスパイスの味だよな」
窓の外では、炭素税導入後も賑わいを失わない渋谷の街。世界は変わり続けている。だが、時に人々が求めるのは、変わらない味と記憶なのかもしれない。
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