SDGsは誰のため 【ヴィーガンになる前に読む最後の肉食短編集】
「全国SDGs推進大会に向けての最終チェックをお願いします」
部長の声に、駆け出しのCSR担当・森田は勢いよく敬礼した。彼の周囲には「SDGsバッジ」をつけた社員たちが闊歩している。就職して半年、森田は会社のSDGs推進室に配属された。最初は何をする部署なのかさえわからなかったが、今では17色のカラフルなロゴを見れば「持続可能な開発目標」と条件反射的に唱えられるようになっていた。

「森田くん」部長は半分食べかけのコンビニおにぎりを脇に置き、画面を指差した。「最後のスライドの『私たちが取り組む4つの目標』のところ、もっと―何て言うか―インパクトがある感じにできない?あの大手食品メーカーの発表みたいな感じで」
森田には部長が何を言いたいのかさっぱりわからなかったが、とりあえず頷いた。
森田は資料を眺めた。そこには「4. 質の高い教育をみんなに」「7. エネルギーをみんなに そしてクリーンに」「8. 働きがいも経済成長も」「13. 気候変動に具体的な対策を」という4つの目標が記載されていた。
「了解しました。より強いメッセージにします」
夜遅くまでスライドに取り組んだ森田は、翌朝、自信作を持って部長のデスクへ向かった。
「部長、修正版ができました。『私たちが取り組む4つの目標』の部分をこのように変えてみました」
部長は画面を見て眉をひそめた。
「森田くん、これはどういう意味だ?」
スライドには「人間の生存マニュアル〜私たちが自分たちのために取り組む目標〜」と書かれていた。
「あの、調べていくうちに気づいたんです。SDGsって、結局は人間のための目標ですよね。地球や他の生物のためではなく」
部長は咳払いをして周囲を見回した。
「もちろんそうだが、そういう書き方はしない方がいい。『持続可能な世界のために』とか『地球環境を守るために』とか、そういう表現を使うんだ」
「でも部長、よく考えたら変じゃないですか?例えば『貧困をなくそう』って、人間の貧困のことであって、チンパンジーの貧困とかではないですよね。『質の高い教育をみんなに』も、みんなって人間のことですよね」
「そりゃそうだが...」
「『海の豊かさを守ろう』や『陸の豊かさも守ろう』にしても、結局は人間が持続的に利用するためですよね。純粋に生態系のためなら、人間が手を引くのが一番いいはずです」
部長は頭を抱えた。
「森田くん、君の言いたいことはわかるが、大会ではそういう話はしない。我々は『持続可能な社会』のために取り組んでいるんだ」
「でも『持続可能』の主語は人間社会ですよね。隕石が衝突して人類が絶滅しても、地球は存続するし、生命も続くかもしれない。SDGsが守ろうとしているのは、人間の文明と生活様式なんじゃないですか?」
会議室の空気が凍りついた。部長はため息をつきながら立ち上がった。
「君の哲学的な問いはわかるが、明日のプレゼンテーションまでにオーソドックスな表現に戻しておいてくれ」
その夜、森田は一人で社内資料室に残っていた。SDGsに関する膨大な報告書やパンフレットを眺めていると、ふと奥の棚から古い冊子が目に入った。2001年に国連が採択した「ミレニアム開発目標(MDGs)」の資料だった。
「MDGsは主に途上国の貧困問題に焦点を当てていたのに、SDGsでは先進国も含めた目標になっている...」と森田は呟いた。
さらに棚を探ると、1992年の「地球サミット」、1972年の「国連人間環境会議」に関する書類も見つかった。
彼は資料を広げながら考えた。「SDGsの前にもこんなにたくさんの目標や宣言があったのに、なぜ問題は解決していないんだろう」
朝日が差し込む頃、森田は眠気と闘いながらノートに向かっていた。
「SDGsの本当の目標」と題したページには、こう書かれていた。
1. 人間が生存し続けるための条件を整える
2. 現在の生活水準を維持したまま持続可能にする
3. 災害や紛争から人命と財産を守る
4. 資源の枯渇を防ぎ、人間社会の継続を可能にする
「結局のところ、すべては人間のため...」
彼はため息をつき、最後の一行を加えた。
「地球は46億年生きてきた。人間なしでも、これからも生き続ける。SDGsが守りたいのは、この惑星ではなく、そこに住む私たち自身だ」
数時間後、大会会場の舞台裏で部長が焦っていた。
「森田くん、修正したスライドはどこだ?」
森田は申し訳なさそうに首を振った。
「すみません、間に合いませんでした。オリジナルのままでお願いします」
部長は小言を言いながら舞台へ向かった。森田は客席の後方に座り、カラフルなSDGsのバナーで彩られた会場を見渡した。
「真の目標は何か...」と彼は小さく呟いた。スマホの画面には昨夜書いたノートの写真が映っている。削除ボタンに指をかけたまま、森田は迷っていた。
舞台上のスクリーンには「持続可能な世界のために、私たちができること」というタイトルが輝いていた。森田は深呼吸をして立ち上がった。質問タイムまであと10分。
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