三つの工場 【ヴィーガンになる前に読む最後の肉食短編集】
経営学部の就活セミナーで、田中教授は興味深い話を始めた。
「皆さん、想像してください。同じ業界に三つの工場があります」
スクリーンに映し出されたのは、環境データの比較表だった。
工場A(パナトロン電機)
- CO2削減率:業界最高の98%
- 再生エネルギー使用率:90%
- 廃棄物リサイクル率:95%
- 環境投資額:年間500億円
工場B(ヒダチ製作所)
- CO2削減率:85%
- 再生エネルギー使用率:75%
- 廃棄物リサイクル率:88%
- 環境投資額:年間300億円
工場C(ソニックエンタープライズ)
- CO2削減率:80%
- 再生エネルギー使用率:70%
- 廃棄物リサイクル率:85%
- 環境投資額:年間200億円
「さて、皆さんならどの工場の株式を買いますか?」
ほとんどの学生が手を挙げた。「当然A!環境性能が一番優秀ですから」
田中教授は微笑んだ。「なるほど。でも実際の株価はこうなっています」
新しいスライドが映された。
過去5年間の株価上昇率
- 工場A(パナトロン):+20%
- 工場B(ヒダチ製作所):+250%
- 工場C(ソニック):+180%
教室にざわめきが広がった。
「なぜでしょう?」教授が問いかける。
前列の優等生、佐藤が手を挙げた。「環境性能と株価は関係ないんですか?」
「関係はあります。でも、それだけじゃない。実は、この三つの工場には大きな違いがあるんです」
教授は新しい資料を配った。
工場Aの実態(パナトロン電機)
2015年、同社は「グリーン革命」を宣言。巨額の環境投資を開始した。
しかし、5年後の社員インタビューで明らかになったのは意外な事実だった。
「正直、何のための投資かわからない」(技術者・35歳)
「環境部門ばかり予算が増えて、新製品開発が後回し」(企画部・42歳)
「売上は伸びないのに、設備だけ立派になった」(営業部・38歳)
同社の主力商品である家電製品は、10年前とほぼ変わらない。薄型テレビ、エアコン、冷蔵庫。確かに環境性能は向上したが、顧客が「欲しい」と思う新しい価値は生まれていなかった。
工場Bの実態(ヒダチ製作所)
2009年、同社は7800億円の巨額赤字に陥った。その時、経営陣は決断した。
「もう家電メーカーはやめよう」
テレビ事業売却、白物家電撤退、半導体事業統合。痛みを伴う改革だった。しかし、その分、社会インフラやITサービスに集中投資した。
現在、同社の主力事業は電力システム、鉄道、AIを活用した社会インフラサービス。環境に配慮しながら、社会全体のデジタル化を支えている。
「昔は洗濯機を作っていましたが、今は都市全体の効率化システムを提供しています」(システム開発部・44歳)
工場Cの実態(ソニックエンタープライズ)
同社は早くから「エンターテインメント特化」を決めていた。ゲーム、音楽、映画。環境配慮は必要最低限にとどめ、その分をコンテンツ開発に投資した。
PlayStation風のゲーム機、音楽レーベル、映画スタジオ。世界中の人々が「お金を払ってでも欲しい」コンテンツを作り続けている。
「環境は大切ですが、まずは魅力的な商品を作ることが先」(ゲーム開発部・29歳)
教授は説明を続けた。
「投資家が見ているのは、『この会社は10年後も稼げるか』です。環境性能が高くても、売れる商品がなければ意味がない」
学生の一人が質問した。「でも環境問題は重要じゃないんですか?」
「もちろん重要です。でも、工場Aは『環境のための環境』になってしまった。工場Bは『社会課題解決のビジネス』に転換し、工場Cは『魅力的なコンテンツを環境配慮しながら作る』戦略をとった。この違いが株価に表れているんです」
後列にいた就活生の田村が呟いた。「つまり、環境に良いことをしていても、それでお金を稼げなければ投資家は評価しないってことですか?」
「その通り。さらに言えば、『環境配慮』は今や当たり前。その上で『どんな価値を生み出すか』が問われている。工場Aは立派な設備を作ったが、顧客にとっての新しい価値を生み出せなかった」
教室が静まり返った。
「皆さんが就職活動をするとき、『その会社のESGスコアが高いから』という理由だけで選んではいけません。『その会社は、社会課題を解決しながら、どんな新しい価値を作ろうとしているか』を見てください」
佐藤が再び手を挙げた。「でも、環境に投資しすぎた工場Aは間違っていたんでしょうか?」
田中教授はしばらく考えてから答えた。
「間違いではありません。ただ、投資家は『環境性能』そのものではなく、『それを使ってどんなビジネスを作るか』を見ています。工場Aも、その優秀な環境技術を外部に販売したり、新しいサービスに活用したりすれば、評価は変わるでしょう」
授業の終わりに、教授は最後の質問をした。
「では、皆さんが経営者だとしたら、どうしますか?」
田村が答えた。「環境に配慮するのは当然として、それを使ってお客さんが本当に欲しがる価値を作る、ということでしょうか」
「素晴らしい答えです。企業の価値は、『良いことをしているか』ではなく、『良いことをしながら、社会に必要とされる価値を創造し続けられるか』で決まります」
その日の帰り道、田村は友人の山田に言った。
「結局、投資家って現実的なんだな」
「どういうこと?」
「環境に良いことをしていても、それだけじゃダメ。ちゃんと儲かって、成長し続けられる仕組みを作らないと。きれいごとだけじゃ生き残れないってことかな」
山田は考え込んだ。「でも、それって悪いことじゃないよね。結果的に、環境も良くて、ビジネスも成功する会社が評価されるってことでしょ?」
「そうか。一石二鳥を実現できる会社が一番強いってことか」
二人は就活への新しい視点を得た気がした。
企業選びで大切なのは、その会社が掲げる理想ではなく、その理想を現実にする具体的な戦略と実行力なのかもしれない。
翌週の授業で、田中教授は付け加えた。
「ちなみに、工場Aのパナトロン電機も最近、方針を変更しました。優秀な環境技術を他社にライセンス販売し始めたんです。そうしたら、株価が少し上がり始めました」
学生たちは納得した顔でうなずいた。
良いことをする企業ではなく、良いことをしながら価値を創造し続ける企業。
それが投資家に愛される企業の姿なのだった。
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