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星と炭素のバランス 【ヴィーガンになる前に読む最後の肉食短編集】

パリ15区で育ち、祖父がかつてミシュランの審査員だったジャン=ポール・ルフェーヴルは、子供の頃から星付きレストランに親しんでいた。2036年、あの出来事が起きたとき、彼は複雑な思いでニュースを見守っていた。

パリの高級レストラン「ラ・テール」の厨房は緊張に包まれていた。「今日がその日ですね」と若いスー・シェフのアントワーヌ。シェフのジャン・マルタンは黙って頷いただけだ。

「今日がその日ですね」と若いスー・シェフのアントワーヌが言った。

シェフのジャン・マルタンは黙って頷いた。世界的に有名なこのレストランでさえ、新しいミシュランの基準には不安があった。

「彼らはいつ来るのですか?」

「すでに...」ジャンは窓の外を見て言葉を切った。唾を飲み込む音が聞こえた。「あの電気自動車だ。皮肉だな、タイヤメーカーが作った評価システムなのに、タイヤを減らしたいなんて」 彼は髪をかきあげた。その手は少し震えていた。



ミシュランガイドが大変革を遂げたのは2年前のことだった。

「ミシュラン・サステナブル・ダイニング・ガイド」の創設を発表した記者会見で、CEOのマリー・デュボワは断固とした態度で語った。

「ミシュランはタイヤメーカーとして、モビリティの未来がカーボンニュートラルであることを理解しています。同様に、食の未来もサステナブルでなければなりません」

そして彼女は、100年以上続いてきたミシュランの最も象徴的な基準の変更を発表した。

「これまで『三つ星』は『そのレストランを訪れるための特別な旅行をする価値がある』と定義してきました。しかし、カーボンニュートラル社会において、遠方への旅行を奨励することはもはや責任ある行動とは言えません」

新しい三つ星の定義は「地域の食文化と環境を完璧に体現し、その地に訪れた際に絶対に逃してはならない経験を提供する」に変更された。

「料理の味、技術、個性に加え、環境への影響も評価します。具体的には、食材の調達距離、肉類の使用量、エネルギー効率、そして廃棄物管理です」

業界は大混乱に陥った。特に、遠方から高級食材を空輸していたフレンチの最高級レストランや、希少な肉類を中心にしていた店は危機感を募らせた。



ミシュラン審査員のクロードとソフィーは「ラ・テール」のテーブルに着いた。クロードは明らかに不機嫌そうだった。「サリュ」と短く挨拶すると、ソフィーの方を見た。彼女は微笑みを浮かべて「本日のサステナブル・メニューですね」と言った。

「はい、本日のサステナブル・メニューへようこそ」とウェイターのジュリアンは説明を始めた。制服のボタンが一つ外れているのに気づいて慌てて直す。「今日提供する全ての食材は、レストランから半径150キロ以内で調達されています。え、えーと、いや140キロです」

「素晴らしい」とクロードは言った。

メインディッシュが運ばれてきた。地元産の鶏肉のコンフィと季節の野菜。ソフィーは口に運ぶとすぐに表情が変わった。「これは...」
皿から立ち上る湯気には、かすかにローズマリーとタイムの香りが混ざっていた。それは、フランスの家庭でよく作られる日曜のポトフを思わせる、懐かしく温かな香りだった。

メニューには従来のフレンチの技法を生かしつつも、肉や魚の使用量を大幅に減らした独創的な料理が並んでいた。デザートには乳製品の代わりに地元産の果物と豆乳を使った創作菓子。

食事の終わりには、シェフ自らがテーブルを訪れ、料理の背景を説明した。

「私たちは伝統的なフランス料理の本質—食材へのリスペクトとテロワールの表現—を維持しながら、未来に向けた進化を模索しています」

シェフは黒板を指し示した。そこには、今夜の食事のカーボンフットプリントが表示されていた。従来のフレンチのフルコースの約5分の1だった。



1ヶ月後、新しいミシュラン・サステナブル・ガイドが発表された。

業界の予想通り、大規模な変動が起きた。かつての三つ星レストランの多くが星を一つか二つ失い、代わりに地産地消を実践する地方の小さなレストランが躍進した。

「ラ・テール」は見事に三つ星を維持し、「グリーン・スター」も獲得した。

記者会見で、ミシュランのCEOは自信に満ちた表情で語った。

「私たちは変化を起こす力を持っています。ガイドを通じて、モビリティを変えたように、今度は食文化を変えるのです」

彼女は続けた。「皮肉なことに、かつては『特別な旅行をする価値がある』と評価することで遠距離移動を奨励していた会社が、今は『地域内で最高の体験』を評価することで、不必要な移動の削減を促進しています」

背景には、ミシュラン自身の企業戦略の変更があった。電気自動車の普及でタイヤ需要が徐々に変化する中、会社は多角化を進めていた。サステナブル・ガイドは、単なる格付けを超えた企業戦略だったのだ。

記者会見の後、マリー・デュボワCEOは疲れた表情で椅子に座り込んだ。

「本当に大丈夫なの?」と側近のフィリップが尋ねた。

「わからないわ」と彼女は正直に答えた。

「でも父が言っていたでしょう。『最も頑固なフランス人でさえ、美味しさの前には柔軟になれる』ってね」 彼女はデスクの引き出しから古い写真を取り出した。

そこには若かりし日の彼女の父と、伝説のシェフ、ポール・ボキューズが写っていた。二人とも満面の笑みを浮かべていた。


2040年、カーボンニュートラルを達成したレストランだけが星を獲得できるようになった。

いや、正確に言えば「ほぼカーボンニュートラル」だった。完全なカーボンニュートラルなど不可能だということは業界の誰もが知っていた。しかし建前上はそう呼ばれていた。どの時代においても、理想と現実のあいだには常に妥協が存在するものだった。

料理界は一変した。地元産の季節の食材を使い、エネルギー効率の高い調理法を採用し、廃棄物を最小限に抑えるレストランが主流となった。

世界中の「美食ツーリズム」は劇的に変化し、食通たちは様々な地域の三つ星レストランを巡る旅ではなく、一つの地域に長く滞在し、その土地の食文化の深さを探求するようになった。

パリの「ラ・テール」は、かつてシェフが恐れていた変化を受け入れ、むしろ先導するようになっていた。小さな庭園と温室が併設され、多くの野菜や香草を自給自足していた。

ある夏の夕暮れ、ジャン・シェフは温室で若いアントワーヌとトマトの収穫をしていた。

「覚えていますか?あの時は星を失うかと心配していましたね」とアントワーヌは笑った。

「ああ」とジャンは頷いた。「皮肉なものだ。タイヤメーカーが、移動することの意味を問い直し、地元に目を向けさせるとはね」

二人は小さく笑った。窓の外には、ミシュランの電気自動車が停まっていた。その車のタイヤは、再生可能資源から作られたものだった。

シェフは、静かに考えを巡らせた。タイヤを作る会社が、タイヤの必要性を減らそうとしている。そして料理人たちは、料理の歴史を守りながら、その本質を問い直している。そんな時代になっていた。

彼は完熟したトマトをそっと摘んだ。深紅の果実が夕日に輝いていた。どこからともなく、小さな虫が飛んできて、トマトに止まった。

「追い払ったほうがいい?」とアントワーヌが尋ねた。

ジャンは首を振った。「自然の一部だ。私たちも、あいつも」


#創作大賞2025#お仕事小説部門#カーボンダイエット#ヴィーガンになる前に読む最後の肉食短編集

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