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交差する軌跡 【ヴィーガンになる前に読む最後の肉食短編集】

2045年、東京。

ヒナタは朝の通勤ルートを少し変更した。いつもより十分早く家を出て、新しくオープンした「スターバックス・リジェネレーション」に立ち寄るためだ。

駅前の広場に佇むそれは、かつてのコーヒーショップの概念を根本から覆していた。建物全体が生きているように見える。外壁は光合成する藻類を含んだバイオパネルで覆われ、呼吸するように微かに脈動している。

「おはようございます、お久しぶりです」

エントランスを潜ると、AIコンシェルジュが顔認証とともに挨拶した。「前回のご来店から42日経過しています。その間に86.2kgのカーボンを固定化しました」

これは「カーボン・メンバーシップ」の一環だった。かつてのポイントカードに代わる新しい顧客還元システムだ。会員が訪れない間も、その人の名前で店舗の環境再生活動が続けられる。

中央に位置するのは巨大な円形水槽。そこでは魚たちが泳ぎ回り、上部には野菜が水耕栽培されている。アクアポニックス・システムと呼ばれるこの循環型農法は、かつて「フードマイル」と呼ばれた食材の長距離輸送による環境負荷を解消していた。

「今日はどのようなお飲み物にしますか?」

実際のバリスタが声をかけてきた。スターバックスは2035年、完全自動化への流れに逆行し「人間による対面サービス」を再評価する方針転換を行った企業だった。

「ローカルブレンドをください」

彼女が注文すると、バリスタは微笑みながら説明を始めた。

「本日のローカルブレンドは、多摩地区の三軒の農家によるものです。QRコードをスキャンすると、生産者のストーリーをご覧いただけます」

壁面のディスプレイには生産者たちの顔が映し出された。彼らは東京郊外でかつて放棄された農地を再生させ、気候変動に適応した新種のコーヒーを栽培していた。

ヒナタがリユース可能なグラフェンカップを受け取ると、香りが立ち上った。深みのある香りだが、かつての「コーヒー」とは明らかに異なる。大豆とコーヒーの遺伝子を掛け合わせた新種の作物から抽出された飲料は、カフェインの含有量が低く、タンパク質が豊富だった。

席に着くと、テーブルが緩やかに光り始めた。ヒナタの顧客データと連動し、今日の彼女の体調に合わせた光の波長を発していた。このバイオフィードバック技術は、かつて「フラペチーノ」と呼ばれた砂糖たっぷりの飲み物に代わる、新しい「体験型消費」の中心となっていた。

店内の一角には「バーチャルトラベル」スペースがある。そこでは拡張現実技術を通じて世界各地のコーヒー農園を訪問できる。単なる観光体験ではなく、遠隔で実際の農作業をサポートするシステムだ。「デジタルボランティア」と呼ばれるこの活動は、労働力不足に悩む生産地域と、社会貢献したい都市部の顧客を結びつけていた。

ふと、ヒナタは懐かしさを覚えた。子供の頃、両親に連れられて行った古き良きスターバックス。プラスチックのストローで飲むフラペチーノの甘さを思い出す。あの頃、誰もがまだ「使い捨て」という概念に疑問を持たなかった。

バリスタが近づいてきて、小さなカプセルを差し出した。

「本日のプロテインサプリメントです。こちらは廃棄予定だった豆から抽出した栄養素をアップサイクルしたものです」

かつて「廃棄物」と呼ばれていたものが、今では貴重な「資源」として循環している。2025年頃から始まったフードロス削減の取り組みは、いまや企業の存続に関わる重要な経営戦略となっていた。

店を出るとき、ヒナタは入口横の「コミュニティボード」に目を留めた。そこには地域の高齢者向けのデジタルリテラシー講座の案内が掲示されていた。スターバックスは2030年代、単なる飲食店から「コミュニティ・ハブ」へと進化を遂げていた。

ヒナタが会社に向かう頃、地球の裏側では別の人がまた別のスターバックス・リジェネレーションに足を踏み入れていた。そして世界中の何千もの店舗で、同じようなシーンが繰り広げられている。

かつて「コーヒーショップ」と呼ばれていたこの場所は、今や環境再生、食糧生産、コミュニティ形成、バイオテクノロジーの交差点となっていた。一杯のコーヒーを提供するという単純な行為から始まった企業は、文明の持続可能性という複雑な課題に立ち向かう中心的存在へと変貌を遂げていたのだ。


この作品はフィクションです。実在の企業、団体の活動、方針、業績、将来性等について言及・評価・予測するものではありません。作品中の出来事、人物の言動、企業活動の描写は全て作者の想像によるものです。

#創作大賞2025#お仕事小説部門#カーボンダイエット #ヴィーガンになる前に読む最後の肉食短編集

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