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地球にやさしいのウソ 【ヴィーガンになる前に読む最後の肉食短編集】

「地球にやさしい」って書かれたエコバッグをぶら下げて、スーパーに行くのが日課になっていた。けれど最近、その文字を見るたび、どこか引っかかる。なんだろう、このモヤモヤ。

土曜の夕飯のあと、新聞を読みながら考え込んでいた俺に、ふいに妻が声をかけた。
「また何か考え込んでるの?」
「うん、ちょっとね」
皿洗いを終えた妻が、肩越しに俺の手元を覗き込む。
「このバッグのことなんだけど」

「エコバッグ? それ、四年前、あんたが参加してたNPOでもらってきたやつでしょ?」
引っ越す前の家の玄関に積んであった古新聞と一緒に見つかったやつだった。使いやすいから、いつのまにか常用するようになっていた。

「そう。だけど、『地球にやさしい』って書いてあるのが、なんか腑に落ちなくてさ」
「へえ、どうして?」
「そもそも地球って、俺たちが"やさしくする"対象なんだろうかって思ってさ。あいつ、46億年も生きてんだぜ」

テーブルに肘をついて、窓の外に目をやる。夕暮れの空に、細い月が浮かんでいた。三日月、いや、もう少し経ってるか。

「人間なんて、ほんの一瞬だけ地表をちょっとかじったくらいのもんで。地球自身は、俺たちがいようがいまいが、気にしてないんじゃないかって」

「……なんか、難しいこと言い出したね」妻は肩をすくめた。実は彼女は環境NPOの事務局長で、俺よりよっぽど真剣に取り組んでるのに、こんなことを言ってしまった。

「いや、そうでもないんだよ。地球って、感情のある生き物じゃないし。怒ったり泣いたり、喜んだりしない。ただ、淡々とまわってるだけで。俺たちが環境にいいことしたからって、喜んでくれるわけじゃない」

息を吸いながら、少し間を置く。
「これ、高校の地学の先生が言ってたんだよ。『地球にやさしくなんて思うな。お前らが死のうが地球はびくともしない』ってさ。当時は変な先生だなぁと思ったけど…」

「ふうん……じゃあ、何て書いてあったら納得するの?」
眉をひそめたまま、妻がお茶を注いでくれる。少しぬるくなったほうじ茶の香りが鼻をくすぐった。

「そうだな……たとえば、『人間にやさしい』とか?」
「えっ?」妻の手が止まる。

「だって結局、環境を守るって、俺たち人間が住みやすくするためでしょ。地球のためって言いながら、自分たちの居場所を守ろうとしてるだけじゃん」

妻は頭をかしげて、少し考えてから笑い出した。
「あんた、ほんと時々ややこしいこと言うよね。でも、ちょっと分かる気もする」


その夜、変な夢を見た。
宇宙に浮かぶ、巨大な地球。呼吸するように雲を巻き上げ、海をゆらしながら、ゆっくりと自転している。

「また掃除の時間か……」
女性のような、しかし人間離れした声が響く。

「掃除?」
俺は空中に漂うような姿で、思わず聞き返した。

「そう。最近、人間たちが『環境問題』って騒いでるでしょ。でも私からすれば、ちょっとした模様替えのようなものでね」
少し疲れたような声だった。

「模様替えって……俺たち、絶滅しかねないんですよ?」
言いながら、バカバカしさを感じる。こんな大きな存在に、なにを訴えているんだろう。

「それはあなたたちの問題でしょ? 私はね、別に困らないの。誰かにやさしくされたって気づかないし、誰かを困らせようとも思わない。ただ、淡々と変わっていくだけ」

「じゃあ……俺らの環境活動って、意味がないんですか?」
途端に、学生時代から続けてきた活動のむなしさがこみ上げてきた。

「ううん。あなたたちにとっては、ちゃんと意味があるわ。住みやすい家にしようと掃除するのと同じ。ただ、それを『地球にやさしく』って言っちゃうのは……ちょっと思い上がってる気がするかな」

地球は、雲をたたえた目で俺を見つめながら、こう言った。
「私にやさしくしようとしなくていいの。あなたたち自身に、やさしくしてあげて」


目を覚ますと、6時17分。休日なのに早起きしてしまった。朝日がカーテンの隙間から差し込み、天井に揺れる光の筋を作っている。夢のことを思い出して、ふっと笑った。

この数か月、炭素税の導入と環境規制の強化で、物価は上がり、税金も増えていた。村井との飲み会では、「本当に効果あるのかよ」と愚痴っていたことを思い出す。結局、俺もあんまり信じていなかったのかもしれない。

ベッドから起き上がり、キッチンへ向かう。いつものエコバッグが椅子の背もたれに掛かっていた。思い切ってマジックでひと言、書き足した。

『地球にやさしい』ではなく、
『地球という家でリフォームに励む、ちょっと反省中の居候』

ちょっとセンスがないかもしれないけど、まあいいか。
洗濯物を干しながら、昨日の夢を妻に話そうかと思った。

#創作大賞2025##お仕事小説部門#カーボンダイエット#ヴィーガンになる前に読む最後の肉食短編集

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