見出し画像

波間の銀玉 【ヴィーガンになる前に読む最後の肉食短編集】

全日本遊技事業協同組合連合会の臨時総会は、2時間の討議を終えようとしていた。大会議室の窓からは東京湾が見え、かすかに夕日が差し込んでいる。

「では、議題の最後に移ります」

司会の声に、私はうつらうつらしていた意識を戻した。横目で見ると、自社のグループ会社社長たちも同じように疲れた表情を浮かべている。この業界での生き残りは年々厳しくなっていた。

「環境省から、『遊技業におけるカーボンニュートラル達成に関する進捗状況の報告』の依頼が来ております」

会場がざわついた。背広姿の高齢の経営者たちが小声で不満を漏らしている。私は理事長の田中を見た。田中は60代半ばで、マルハンの創業者と親交があったという古参だ。

「2035年までに全店舗のカーボンニュートラル化を進める件ですが、皆さんの進捗状況を伺いたい」

田中の質問に、誰も手を挙げない。昨年採択されたパチンコ業界の自主行動計画だが、ほとんどの会社が動いていないのは明らかだった。

「田代さん」

突然名前を呼ばれ、私は驚いた。

「貴社は何か取り組みをされていますか?」

私は立ち上がった。今年40歳になる私は、会場では最も若い経営者の一人だった。

「当社は、新店舗の『銀玉エコ蒲田』でカーボンニュートラル実証実験を進めております」

会場が静まり返った。

「具体的に教えてください」

私は喉の奥が乾くのを感じながら答えた。

「屋上の太陽光発電と地中熱利用システム、そして特許申請中の『エコパチ』システムですね。パチンコ台の稼働時に発生する振動から発電する仕組みです」

田中は眉をひそめた。

「採算は取れるのですか?」

「正直に申し上げます。現状はコスト増です。しかし5年後に収支トントンになる見込みです」

「5年後に業界が存続しているかどうかわからんのに」

年配の理事の一人が皮肉を言った。笑いが起きる。

田中が咳払いして場を鎮めた。

「他に取り組みをされている会社は?」

沈黙が続いた。

「では、現実的な話をしましょう」

田中はペンを置いた。

「今日は環境省の方はいらっしゃいませんので、本音で話しましょう。この業界はすでに市場規模が20兆円から15兆円まで縮小し、顧客層の高齢化が止まりません。若い世代はオンラインギャンブルやスマホゲームに流れています。そんな状況で、何億もかけて脱炭素などやっている余裕はない。これが現実です」

多くの参加者が頷いた。

私は立ち上がった。

「田中理事長、発言してもよろしいでしょうか」

田中は少し驚いたようだったが、許可を出した。

「当社の調査では、若年層がパチンコ離れする理由の第三位が『環境負荷が高い産業だから』でした」

会場がざわついた。

「第一位は『コストパフォーマンスが悪い』、第二位は『時間の無駄』でしたが、第三位には驚きました。若い世代は、遊びでさえ環境に配慮している業界を選びたいと考えているようです」

「それを証明するデータがあるのか?」と反論が飛んだ。

「はい」

私はタブレットを取り出した。

「当社の『エコパチ』を試験導入した銀玉エコ蒲田では、来客の平均年齢が42歳から36歳に下がりました。特に注目すべきは顧客の声です。『環境に配慮したパチンコなら、たまには遊んでもいい』という声が若年層から多く聞かれました」

「それでも売上は減っているんだろう?」

別の理事が問いかけた。

「確かにそうです。しかし、減少率は業界平均の半分です」

会場は静かになった。

「我々はこれまで『依存症対策』という社会問題には真摯に向き合ってきました。それなのに『環境問題』には消極的なのはなぜでしょうか」

私の質問に、誰も答えなかった。

「いずれ環境規制は強化されます。そのとき慌てて対応するよりも、今から準備して、むしろ『環境に優しいパチンコ』としてブランドを確立する方が、業界の長期存続につながると思います」

会場には沈黙が広がった。

「田代さん」

田中が口を開いた。

「貴社の取り組みは評価します。ただ、全店舗をカーボンニュートラル化するには業界全体で数兆円の投資が必要になるという試算もあります。その費用をどうするか」

私は深呼吸した。

「提案があります。業界全体で『パチンコ環境対応基金』を創設し、各社の売上の0.5%を拠出してはどうでしょう。それを原資に、業界一体となってカーボンニュートラル化を進めていく。既存店の改修だけでなく、新技術の開発も共同で行う。これは生き残りをかけた投資です」

田中は黙って私を見つめていた。その目に反感はなかった。むしろ、何か懐かしいものを見るような目だった。

「面白い提案だ」

田中はゆっくりと言った。

「私が若い頃、パチンコはただの賭博と言われていました。それを『大衆娯楽』に変えるために、我々の世代は店内環境を整備し、家族で楽しめる場所にしようと努力した。今度は君たち若い世代が『環境に優しい大衆娯楽』に変えていくときなのかもしれない」

会場はまだ半信半疑の雰囲気だったが、少なくとも全面否定はされなかった。

「基金の件は次回の総会で議題にします。田代さん、詳細な提案書を作ってください」

私は頷いた。

会議を終え、エレベーターで降りる途中、同じ地方の老舗パチンコチェーンの社長、松永が話しかけてきた。

「若いのに変わったことを言うね」

彼は私より30歳ほど年上だった。

「変わったですか?」

「うちの息子と同じことを言っている。大学で環境工学を専攻しているんだが、『お父さんの仕事は地球に悪い』と言うんだ」

松永は苦笑いした。

「息子さんはパチンコを継ぐつもりはないんですか?」

「今のままなら『絶対に継がない』と言っている。だが、もし環境に配慮した業態に変わるなら、『考えてもいい』とも言っていた」

エレベーターのドアが開き、私たちはロビーに出た。大きなガラス窓の向こうには、夕焼けに染まる東京湾が広がっていた。海面に沈む太陽が、水面に金色の道を描いている。

「子供の世代に何を残せるか。それが今の経営者の責任かもしれないね」

松永はそう言って、手を差し出した。

「基金の話、賛成するよ。ウチも協力する」

私はその手を握りながら、遠くに見える海を見た。東京湾の向こうには、わが子の世代が生きる未来があった。

夕陽を背にした松永の横顔が、まるでパチンコ台に映る煌めく銀玉のように輝いていた。

#創作大賞2025#お仕事小説部門#カーボンダイエット #ヴィーガンになる前に読む最後の肉食短編集

いいなと思ったら応援しよう!

國分裕之 あなたのチップが、観測を続けさせてくれます。SNE理論・GX実践の書籍化と、毎日更新の継続に使わせていただきます。応援、ありがとうございます。