循環する服 【ヴィーガンになる前に読む最後の肉食短編集】
2036年、東京・銀座。
ユニクロ銀座フラッグシップストアの最上階にある「UNIQLO CYCLE」フロアは、オープンから3ヶ月経った今でも予約が取れないほどの人気だった。
中央に据えられた円形カウンターでは、来店客一人一人の体型と好みをスキャンし、パーソナライズされた「マイワードローブ」を提案するAIシステムが稼働している。
「佐々木様の次回サイクルデーは今週金曜日です。新しいカプセルコレクションをお選びください」
カウンター越しに笑顔で案内するスタッフの前で、30代のビジネスマン佐々木は迷っていた。壁面には「UNIQLO CYCLE - 所有から利用へ」というスローガンが掲げられている。
「今回は『カジュアルビジネス』セットと『週末アウトドア』セットで悩んでいます」と佐々木は言った。
「両方お選びいただけますよ。今月のサイクルクレジットはまだ十分残っています」スタッフがタブレットを操作しながら答えた。
佐々木は頷いた。サブスクリプション契約である「UNIQLO CYCLE」の会員は月額9,800円で、基本的なワードローブを常に更新できる。使い終わった服は返却し、新しいものと交換する仕組みだ。
「そうですね、じゃあ両方お願いします。前回の夏物アイテムはこれで返却します」
佐々木は持参した専用バッグを差し出した。中には昨シーズン借りていたポロシャツとショートパンツが入っている。
「ありがとうございます。これらは全てリサイクルまたはリユースされます」
スタッフはバーコードをスキャンして返却処理を行った。画面には佐々木の「サステナビリティポイント」が表示される。今回の返却で550ポイント加算され、累計は23,450ポイントになった。
「佐々木様は『サイクルプラチナ』ステータスまであと550ポイントです」スタッフが告げた。「プラチナになると、ヴィンテージライブラリーからの特別アイテムが借りられるようになります」
佐々木が興味を示すと、スタッフは奥のガラス張りの部屋を指した。そこには過去の名作ユニクロアイテムや、著名デザイナーとのコラボレーション商品が展示されていた。
「実は私も会員なんです」スタッフは少し声を落として言った。「以前は毎シーズン新しい服を買っていましたが、今は全て『サイクル』で済んでいます。クローゼットもすっきりしましたし、その分の予算で趣味に使えるようになりました」
佐々木はうなずいた。「私も同じです。2年前に始めてから、服の総所有枚数は3分の1になりました。でも、逆に着る服のバリエーションは増えた気がします」
カウンターの向こう側には、返却された衣類を分別・クリーニングするスタッフが見える。スタッフによれば、返却された服の約7割は次のユーザーに貸し出され、2割はリサイクルされ、残りの1割は最新技術で素材分解されるという。
「お選びいただいた新しいセットは明日ご自宅に配送されます。また、今月から始まった『オフィスロッカーデリバリー』もご利用いただけます」
佐々木は新しいサービスに興味を示した。オフィスビルの専用ロッカーに直接配送されるサービスだという。
「では、新しいジャケットとシャツはオフィスへ、週末用のアイテムは自宅へお願いします」
スタッフは手際よく入力を済ませた。
「ところでこのサービス、海外でも使えるんですか?」佐々木は突然思いついたように訊いた。「来月、ニューヨーク出張があるんです」
「もちろんです。グローバルサイクルプログラムをご利用いただけます。現地のユニクロで同じように交換可能です」
佐々木は満足げに頷いた。2025年、ユニクロが「UNIQLO CYCLE」を開始した時、多くのアナリストは懐疑的だった。しかし今や、同社の収益の3割以上はサブスクリプションモデルによるものだと言われている。
「当初は『日本人は服を所有したい』『サイズが合わない』などの懸念がありました」と語るのは、このプロジェクトを立ち上げた鈴木部長だ。別のフロアでインタビューに応えていた彼は続ける。「しかし実際には、『所有から利用へ』という価値観の変化は、衣料品にも確実に広がっていたのです」
鈴木によれば、このモデルへの転換で、生産量の最適化、在庫リスクの軽減、そして何より、衣料廃棄物の削減という環境面での効果が大きいという。
「炭素税導入で一般消費者の環境意識が高まる中、循環型モデルはビジネス的にも合理的な選択になりました」と鈴木は語る。「私たちのビジネスは『服を売ること』から『服の体験を提供すること』に変わったのです」
銀座の店を出た佐々木は、空を見上げた。曇り空から小雨が降り始めている。彼はスマートフォンを取り出し、アプリを操作した。
「雨天対応キット」の緊急デリバリーを依頼すると、15分後にはユニクロの配達スタッフが折りたたみ傘とレインコートを持って現れた。使い終わったらまた返却すればいい。
所有しなくても、必要な服は必要な時に利用できる。そんな世界が、静かに広がっていた。
この作品はフィクションです。
実在の人物、企業、団体、事件、場所の名称等が登場しますが、これらは創作上の演出であり、実際の人物、企業、団体の活動、方針、業績、将来性等について言及・評価・予測するものではありません。作品中の出来事、人物の言動、企業活動の描写は全て作者の想像によるものであり、実在の人物、企業、団体とは一切関係がありません。
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