未来のために 【ヴィーガンになる前に読む最後の肉食短編集】
先生は毎日のようにそう言った。
給食のハンバーグが大豆ミートに変わったときも。
修学旅行がオンラインになったときも。
夏休みが「エアコン使用量のピークカットのため」に短縮されたときも。
教室の壁には、国連のSDGsポスターと、校長先生がソーラーシェアリング畑で笑う写真が貼られていた。
体育館の垂れ幕にはこう書かれている。
「2050年、君が地球を救う」
僕たちは、未来のために我慢した。
ペットボトルは禁止、制服はリサイクル素材。
誕生日ケーキのろうそくも、CO₂排出が理由で禁じられた。煙が出るから、という。
「夢は?」と聞かれても、うまく答えられなかった。
「地球のために役立つこと」と言っておけば、先生が安心するから。
そうじゃない答えを言うと、少しだけ、悲しい顔をされた。
中学を卒業するころ、「進路希望調査票」に新しい選択肢が加わった。
— 地球維持プログラムに参加する(将来の出産・消費活動を辞退します)
希望制、ということになっていた。
けれど希望しないと、先生たちは眉をひそめる。「この子は、未来を大切にしないのかしら」って。
高校に入ると、もっと高度な「気候リテラシー教育」が始まった。
授業では、自分のカーボンフットプリントを毎日計算する。
進学も、恋愛も、何kgのCO₂になるかを記録しなければならなかった。
ある日、クラスの子が、電車で片道3時間のライブに行ったことがSNSでバレた。
翌日、全校集会で公開指導が行われた。
「その幸福、未来に値しますか?」
彼女は泣いていた。
でも次の週には「エシカル推進委員」になって、教室を見回っていた。
そんな日々の中で、僕はふと思った。
「未来」って、いつ始まるんだろう?
図書室で見つけた古い雑誌。
2000年の未来予想図には、空飛ぶ車や月旅行、笑顔の家族が描かれていた。
だけど、ほとんど実現していない。
もしかしたら僕たちは、未来のために今を我慢しすぎて、
どこにもたどり着けないんじゃないか。
卒業式の日、僕は進路希望欄を白紙で出した。
先生は少しだけ困った顔をしたあとで、静かに言った。
「仕方ないわね。君の未来は、君のものだから」
その声は優しかったけど、どこか寂しそうだった。
外に出ると、空にはドローン型の環境モニターが飛んでいた。
手を振ると、機械音声が返ってきた。
「省エネにご協力ありがとうございます」
僕は笑った。
「未来のために」
誰かがそう言うたびに、僕は思い出そうと思う。
未来は、今を犠牲にしてまで守るものじゃない。
未来は、今の延長線上で、ちゃんと笑って届くべきものなんだ。
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