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カーボンデート 【ヴィーガンになる前に読む最後の肉食短編集】

2036年、東京。

「炭素税の恐怖」—その言葉は昔から耳にしていたが、29歳の健太にとって、それが切実な問題になったのは、ユミとのデートを計画し始めた時だった。

彼のスマートウォッチには「個人カーボン残高」のアプリが点滅している。「月間クレジット残: 7,320/12,000ポイント」。月末まであと一週間。十分な余裕があるはずだった。

だが今夜は特別なデートだ。初めて会ったカフェから半年。プロポーズの計画を立てていた。

健太はアプリを開き、「デートプランナー」の機能を起動した。

「2036年5月15日、ロマンチックディナー&プロポーズ、カーボン効率の良いプランを希望」

AIアシスタントが応答する。

「健太様、素晴らしい機会ですね。以下のプランはいかがでしょうか:

プラン1: ローカルレストラン『テラ』- 有機栽培の地産地消メニュー、カーボンフットプリント表示あり。移動は共有自転車。消費ポイント: 580

プラン2: サステナブルタワーの展望レストラン - 垂直農園直送の食材、夜景が素晴らしい。移動は電車とシェア電気自動車。消費ポイント: 820

プラン3: 伝統的レストラン『銀座秀』- プレミアムカーボンオフセット付き特別コース。移動はプライベートEVタクシー。消費ポイント: 1,450」

健太は考え込んだ。昔なら、高級レストランに高級車で行くのが「特別な日」の王道だった。もちろん今でもそれは可能だが、プレミアムな炭素税がかかる。

ユミは環境意識が高い女性だ。そう考えると、プラン1が彼女の価値観に合っているかもしれない。だが、プロポーズの特別感は...。

彼はプラン2を選んだ。バランスが良さそうだ。

「サステナブルタワーの予約を承りました。19時のディナー、『サンセットテーブル』を確保しました。カーボンポイント820がロックされます」

準備は整った。健太は緊張しながら自宅の「スマートクローゼット」を開いた。ここ数年、服のレンタルサービスが主流になっていた。所有するよりも借りる方が環境負荷が低いという考え方だ。

「プロポーズに適した服装をリコメンドします:
エシカルコットンシャツ(白)- 5カーボンポイント
循環型ウールジャケット - 8カーボンポイント
認証デニム - 6カーボンポイント
合計:19カーボンポイント」

健太は提案された服を手に取った。すべてレンタルだが、上質で着心地がいい。

19時前、健太はシェア電気自動車でユミのアパートに到着した。彼女はすでに待っていた。淡いブルーのドレスを着たユミは、健太の目には完璧に見えた。

「素敵な場所に招待してくれてありがとう」と彼女は言った。「サステナブルタワーは前から行きたかったの」

サステナブルタワーは、都内で最も環境配慮型の建築物として知られていた。外壁は太陽光発電パネルで覆われ、内部には垂直農園が組み込まれている。

レストランに着くと、ホストが彼らを窓際の席に案内した。太陽が沈みかけ、東京の街が黄金色に染まり始めていた。

「本日のお二人のカーボンフットプリントに合わせたメニューをご提案いたします」ウェイターが言った。「地産地消コースと、培養肉プレミアムコースがございます」

健太は培養肉コースを、ユミは地産地消コースを選んだ。2030年代、こうした「選択の多様性」は当たり前になっていた。環境への配慮と個人の好みを両立させる文化が根付いていた。

「このワインは特別なんです」ウェイターが説明した。「伝統的な製法ですが、ブドウ園のソーラーパネルで発電したエネルギーのみで生産されています。また、輸送はカーボンニュートラル船便です」

健太はグラスを傾けた。環境に配慮したワインだが、味は伝統的で深みがある。

「昔のデートって、どんな感じだったのかな」とユミが不意に言った。「祖父はよく『ガソリン車でドライブデートした』と自慢するけど」

健太は笑った。「僕の父は『肉を好きなだけ食べられた時代』を懐かしむよ。でも、今の方が選択肢は多いと思うんだ」

彼は自分の培養ステーキを見た。見た目も味も昔の肉と変わらないが、環境負荷は10分の1以下だという。テクノロジーの進歩は、妥協ではなく新たな選択肢を生み出していた。

「実は...」健太はポケットに手を入れた。小さな木製の箱を取り出す。「これはリサイクルウォルナットで作られているんだ。耕作放棄地の再生プロジェクトの一環でね」

彼は箱を開けた。中には金属的な光沢のあるリングが。

「この指輪はリサイクルプラチナ製。製造時のカーボンフットプリントは最小限に抑えられているんだ。ユミ、僕と結婚してくれないか」

彼女の目が輝いた。「ええ、もちろん」

デザートの時間になると、スタッフが小さなケーキを持ってきた。「おめでとうございます。こちらは当レストランからのお祝いです。地元産の季節のフルーツで作られています」

窓の外では、東京の街が省エネ照明で輝き始めていた。かつての華やかさとは異なる、しかし同じく美しい光景だ。

その夜、帰り道で二人は歩道に並ぶ共有自転車を借りることにした。電気自動車より更にカーボンフットプリントが小さい移動手段だ。初夏の風を感じながら、ふたりは並んでペダルをこいだ。

「未来のデートは、どんな風に変わるんだろう」とユミが言った。

健太は考えた。2010年代、2020年代と比べれば、今のデートは大きく変わった。でも本質—特別な人と特別な時間を共有する喜び—は変わっていない。

「形は変わっても、本質は変わらないんじゃないかな」と彼は答えた。「どんな時代でも、人が人を想う気持ちは同じだから」

夜空には満点の星。かつては光害で見えなかった星々が、省エネ都市政策のおかげで、今では東京の中心部からでも見えるようになっていた。

ふたりは自転車を停め、夜空を見上げた。持続可能な未来へのロマンスが、静かに始まろうとしていた。​​​​​​​​​​​​​​​​

#創作大賞2025 #お仕事小説部門 #カーボンダイエット #ヴィーガンになる前に読む最後の肉食短編集

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