カーボン・エレベーター 【ヴィーガンになる前に読む最後の肉食短編集】
地球温暖化が頂点を越えたとき、人類はとうとう「最後の手段」に手を出した。
宇宙エレベーターを、ゴミ捨て場にする。
国際連合カーボン対策庁(UNCA)が建設したのは、全長36,000kmの巨大な塔。その名も《エアロ・ゼロ》。全地球から集めたCO₂を凍らせ、ドライアイスに加工し、毎日何千トンも天へと運んだ。地球の影を遮る巨大な白いリボン。夕暮れ時には空に引かれた一本の傷のように見えた。
「これが本当の"サステナブル輸送"だ!」 スーツ姿の技術者たちは、塔のふもとで誇らしげにポーズを決めた。彼らの顔には誇りと、どこかうつろな影が混じっていた。
子どもたちは、天に向かってのびる塔を指差し、こう呼んだ。
「カーボン・エレベーター!」
彼らは知らない。かつて大人たちが「地球を救う」と言って始めた数々の取り組みが、どれも失敗に終わってきたことを。
世界中の排出企業は「罰金」ではなく「輸送料金」を払うだけで済むようになり、気がつけばCO₂の排出量は過去最大を更新していた。三度目の暖冬。死にゆく氷河。消えゆく島々。それでも人は変わらなかった。
「でも大丈夫、全部宇宙に捨ててるから!」
そんな声が、タブレットの広告から流れていた。輝く笑顔と清潔なグラフィック。あまりに完璧すぎて不気味なほど。
ある日、異変が起きた。
宇宙から落ちてきたのだ。ドライアイスの塊が。まるで氷の隕石のように。最初は小さな破片だった。報告書の片隅に記された「軌道離脱物体」という表現。誰も気にかけなかった。
「気化しなかったんです! 宇宙空間で! 冷えすぎて、完全な状態で!」
NASAの気象部門はそう報告した。パニックに陥った科学者の髪は逆立ち、目は血走っていた。だが時すでに遅し。数万トンのドライアイスが地球の軌道上を回り、人工衛星と衝突。通信網が崩壊し、エレベーターの軌道はズレ、最後には根元の都市に——崩れ落ちた。
まるで神話の塔のように。驕りの象徴のように。
白い霧が舞い、気温は急降下。世界中で霜害が起きた。農作物は枯れ、海面は薄い氷に覆われた。
皮肉にも、地球温暖化は解決された。
倒壊したエレベーター跡で、老人が独りごちた。彼の顔には深いシワが刻まれ、指先は土にまみれていた。
「昔はなあ、木を植えるだけでええと思ってたんじゃがのう…」
彼の息は白く、指先は凍えるように冷たい。元科学者だったのだろうか。それとも単なる生存者か。もう誰にも分からない。
彼の足元では、小さな苗木が氷の隙間から顔を出していた。かすかな緑が、白銀の世界に希望を灯す。まるで長い眠りから目覚めたように。
世界は終わらない。ただ、変わるだけだ。
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