二十四節気の食卓 【ヴィーガンになる前に読む最後の肉食短編集】
佐伯夏子は、ちりめんじわが増えた顔をして、隣の席の青年を見た。彼の名前は確か永田とかなんとか。カーボンニュートラル推進センターの若手で、この低CO2料理コンテストの審査員だった。
彼は今、きゅうりの糠漬けを口に含み、目を閉じて味わっていた。その表情にはどこか懐かしさが浮かんでいる。私が初めて本物の糠漬けを食べた時と同じような顔だ、と夏子は思った。
「どうですか、この糠床、江戸時代から続く西新井の『崎陽堂』の三百年物なんですよ」と夏子が言うと、永田は瞳を輝かせた。
「信じられません。こんな香りと酸味、どんな先端技術よりも複雑な味わいです」
2035年、東京の古民家を改装した料亭「二十四節気(にじゅうしせっき)」での出来事だった。冷蔵技術のなかった江戸時代の保存食をそのままに再現した夏子の店が、いわゆる「カーボンシェフ」の間で評判になっていた。
「そういえば、なぜこんな若いのに古い食べ物に興味を?」と永田は聞いた。
夏子は少し間を置いて、天井の古い梁を見上げた。
「ちょうど十年前、2025年の大停電があったでしょう。あの夏、私の住んでいた地域は二週間も電気が来なくて、冷蔵庫の中身が全部ダメになったの」
永田は神妙な顔になった。彼が大学生だった頃だろうか。あの猛暑の夏、全国的な電力危機で計画停電が実施され、それが異常気象による送電網の故障と重なり、首都圏の一部は長期停電に見舞われた。
「祖母が生きていた小さな家に逃げたんです。そこに冷蔵庫はなかった。でも、祖母は梅干しや漬物、味噌など、全て手作りの保存食で乗り切ったんです。私は研究者でもあったから、そこに可能性を見たのよ」
研究者として、夏子は発酵食の復興が持つ可能性に気づいた。天然の微生物の力だけで食品を保存する技術は、電力を必要とせず、むしろ土着の微生物を活かした循環型の食文化となる。それは単なる「懐かしさ」ではなく、未来への道だった。
「この店、電力使用量はどれくらいですか?」永田が鞄からタブレットを取り出しながら質問した。
「標準の飲食店の15%です。冷蔵庫は最小限だけ。基本的に全ての食材は、塩蔵か発酵、あるいは乾物で保存しています」
永田は感心したように頷いた。カーボンニュートラル社会では、こうした電力削減の取り組みにはポイント制度が設けられていた。企業も個人も、その貯めたポイントで税制優遇を受けられる。
夏子が出してきた次の料理は、「乾物の小袖寿司」だった。江戸時代には生魚が手に入らない内陸部で考案された保存食で、干し椎茸や干し大根などの戻し汁で炊いたご飯に、乾物を散りばめた寿司だ。
「これ、私の祖母の実家が長野だったんですけど、そこでよく作っていたんです。具が全部乾物だから、冷蔵なしでも二日は持つんですよ」
永田は箸を置き、思い詰めたような表情になった。
「佐伯さん、ひとつ提案があります」
彼はその「提案」を説明した。日本政府は現在、高齢化と人口減少が進む地方自治体向けに、「非電力依存型コミュニティ」の構築を支援していた。停電や災害時にも食料を確保できる「レジリエント・フードシステム」の専門家が求められている。その顧問として佐伯夏子を招聘したい、という。
「でも私はただの料理人で…」
「いいえ、あなたは研究者でもある。電力に頼らない食の保存技術を実践で証明している。それに」永田は言いよどんだ。
「それに?」
「僕の祖父も…熊本の山あいの集落に住んでいて。最近、その集落も高齢化で維持が難しくなっているんです」
夏子は永田の顔に浮かんだほんの一瞬の悲しみを見逃さなかった。これは公的な提案のようで、実は彼の個人的な願いなのかもしれない。
翌朝、夏子は店の裏手にある小さな離れの作業場で、朝日を浴びながら大根の塩漬けを仕込んでいた。発酵の神秘。それは昔の人々の知恵であり、今や未来への鍵でもある。電気のない時代の保存技術が、電力危機の現代で再評価される。それは一見すると後退のようでいて、実は前進なのだ。
作業場の壁には、「二十四節気」と手書きで書かれた紙が貼ってあった。今日は「小雪」だ。今夜のメニューは、雪の降る前に収穫する最後の野菜を使った漬物と、秋刀魚の糠漬け、干し柿のムースにしようか。夏子はそんなことを考えながら、自分が何かの分岐点に立っているような気がした。
彼女の手の中では、大根が少しずつ水分を出し始め、やがて美しい発酵の世界が始まろうとしていた。それは生命の営みでもあり、微生物たちの小さな宇宙だ。人間が自然の一部として生きていた時代の知恵が、近代化の果ての未来で、再び芽吹こうとしていた。
夏子は大根を漬け込みながら、永田の祖父の住む山村の姿を想像した。そして、あの大停電の夜、祖母と二人で黙々と漬物を食べていた記憶がよみがえった。
「行くわ」と夏子は誰もいない作業場でつぶやいた。電気がなくても、人は生きてこられた。それどころか、もっと豊かな食の世界があった。それを伝えることが、この時代に生きる研究者としての使命なのかもしれない。
窓の外では、東京の街並みが喧騒を始めていた。だが、この小さな離れの中では、時間がゆっくりと、江戸時代から続く発酵の時間の流れに身を委ねていた。
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