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蜂の巣と原子炉 【ヴィーガンになる前に読む最後の肉食短編集】

青い惑星の監視基地で、異星からの観測者A-12とR-7が地球の生命体について議論していた。基地内は柔らかな光に包まれ、壁一面のモニターには地球の様々な地域がリアルタイムで映し出されている。二人の観測者の姿は人間に近いが、瞳の色が紫がかっており、指が一本多い。

「奇妙な星だ」とA-12は言った。彼はモニターの前に立ち、腕を組んでいた。「あの二足歩行生物たちは、自分たちが『自然』の一部でありながら、同時に『自然』の対極にいると信じている」

モニターには、高層ビルが立ち並ぶ都市の映像と、その中心にそびえる原子力発電所が映っていた。冷却塔からは白い水蒸気が立ち上り、青空に溶け込んでいく。

「彼らは『原子力は自然には存在しない人工の産物だ』と言う」とR-7が手元の透明なタブレットから資料を読み上げた。彼の声は穏やかで、僅かに金属的な響きがある。「しかし、宇宙のあらゆる物質は原子核反応によって生まれたものだというのに」

「矛盾した生物だ」とA-12は頷いた。彼は席に戻り、指でデータを操作した。「彼らは自然の法則を用いて『非自然的』と呼ぶものを作り出している。しかし、彼ら自身も炭素化合物の複雑な集合体に過ぎないのに」

A-12はモニターに映る人間たちの姿を見つめた。彼らは忙しなく動き回っていた。オフィスに向かう者、買い物をする者、抗議の声を上げる者、様々だ。

「興味深いのは、彼らが自然と人工を区別する境界線が時代と共に変化することだ」とR-7は続けた。彼は窓の外に広がる星々を一瞬見つめてから、再び地球のモニターに目を戻した。「かつては農業も『自然への介入』と見なされていた。今では、農作物は『自然』の範疇に入っている」

ふたりは黙ってモニターを見つめた。地球上では、原子力発電所の周囲で抗議活動が行われていた。数百人の人間が、手作りのプラカードを掲げ、シュプレヒコールを上げている。警官隊が施設を守るように取り囲んでいた。

「彼らの主張を聞こう」とA-12はスピーカーの音量を上げた。機械的なノイズが消え、人間の声が部屋に響き始めた。

「原子力は自然の摂理に反している!我々は自然に帰るべきだ!」と抗議者の一人が叫んでいた。その男性の顔は怒りと不安で歪んでいた。周囲からは賛同の声が上がる。

「面白い」とR-7は呟いた。彼は椅子に深く腰掛け、右手で顎に触れた。「彼らは自然という概念を神聖視している。しかし、自然界には残酷な捕食関係や疫病も存在するというのに」

「彼らの『自然』という概念は、実は彼ら自身が創り出した理想郷なのだろう」とA-12は応えた。彼の声には少しの憐れみが混じっていた。「実際の自然ではなく、彼らが望む自然の姿だ」

R-7はデータを整理しながら、「人間の矛盾した認識パターン」というフォルダにそれらを分類していった。


数日後、観測者たちはある科学者の講演会に注目していた。その科学者は年配の女性で、白髪を短く刈り上げ、厳格な表情をしていた。しかし、話し始めると声は温かく、聴衆を包み込むようだった。

「原子力が自然に存在しないという主張は正確ではありません」と科学者は語った。スライドには地球内部の断面図が映し出されていた。「太陽のエネルギーも核融合によるものです。さらに、アフリカのガボンでは、20億年前に自然の核分裂炉が存在していたことが証明されています」

会場からはざわめきが起こった。一部は驚きの声、一部は否定的な反応だった。

「そもそも『自然』と『人工』を厳密に区別できるのでしょうか?」と科学者は続けた。彼女の目は真剣で、言葉には確信が満ちていた。「蜂の巣やビーバーのダムは『自然』でしょうか、それとも『人工』でしょうか?人間も地球の生態系の一部であり、私たちの活動も広義では自然現象と言えるのではないでしょうか」

A-12とR-7は興味深そうに聞いていた。R-7はデータを記録し、A-12は画面に映る聴衆の反応を観察していた。賛同の表情、困惑、怒り、様々な感情が人間たちの顔に浮かんでいた。

「しかし、だからといって、すべての人間活動が生態系にとって無害だという意味ではありません」と科学者は強調した。彼女は聴衆の目を一人一人見つめるように話した。「私たちは自分たちの行動が環境に与える影響を考慮する責任があります。ただ、その議論の出発点として、人間対自然という二項対立は生産的ではないと考えます」

講演会の後、会場を出た科学者のもとに一人の活動家が近づいてきた。彼は先ほどの抗議活動のリーダーらしく、疲れた表情だが目は鋭かった。

「あなたの理論は原子力推進派の言い訳にすぎない!」と活動家は怒りをあらわにした。彼の声は会場の残響の中に響いた。「あなたは企業の手先なのか?」

科学者は一瞬驚いたように見えたが、すぐに落ち着きを取り戻した。彼女は静かに答えた。

「私は原子力の是非を論じているのではありません。私が問うているのは、私たち人間が自然をどう定義し、その中で自分たちをどう位置づけるかという哲学的問いです」

彼女の声には怒りはなく、むしろ相手を理解しようとする優しさがあった。活動家は何か言おうとしたが、言葉を見つけられないように見えた。


観測基地で、A-12とR-7は議論を続けていた。部屋の照明は夜間モードに切り替わり、淡い青色の光が二人を包んでいた。基地の外では、見知らぬ星の風が吹いていた。

「結局、彼らの『自然』という概念は、彼ら自身の価値観の投影だ」とA-12は言った。彼はホログラム地球儀を回転させながら、大陸の形を眺めていた。「彼らは『自然』を純粋で善なるものと見なし、自分たちが恐れるものを『非自然』と呼ぶ」

「しかし逆説的なのは、彼らが自分たち自身を自然の一部と認めるならば、彼らの作り出すものも必然的に自然の一部となることだ」とR-7は指摘した。彼は記録を終え、データキューブを閉じた。「人間が作った原子炉も、蜂が作った巣も、本質的には同じなのだ」

モニターの映像は、原子力発電所の冷却塔から立ち上る水蒸気に切り替わった。その周囲には鳥が飛び交い、敷地の隅には小さな生態系が形成されていた。フェンスの向こうでは、野生の花が風に揺れていた。

「彼らの文明が消えた後、彼らの『人工物』は風化し、大地に還るだろう」とA-12は言った。彼の声には哲学者のような静けさがあった。「そして、新たな生命体がそれらを『自然』の一部として認識するだろう」

「結局、『自然』と『人工』の境界線は、彼らの認識の中にしか存在しないのだ」とR-7は結論づけた。

二人は沈黙の中で地球を見つめ続けた。モニターには、原子力発電所の敷地内に生えた一輪の花が映し出されていた。黄色い花びらが、コンクリートの割れ目から力強く伸びている。生命の強さと儚さを同時に感じさせる光景だった。

A-12は静かに観測記録を閉じた。「明日も観察を続けよう」と彼は言った。「彼らが自分たち自身と自然との関係をどう理解していくか、それは彼らの種の運命を決める重要な要素になるかもしれない」

モニターの光が弱まり、青い惑星の姿がゆっくりと暗闇に溶けていった。

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