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赤青文具店

 赤青鉛筆で日記を書く。潮風が香る町で赤青文具店の老店主が五十年あまり毎日欠かさず続けてきた夜の日課でした。自宅を兼ねた店舗の二階で店主が日記を書く隣りには、いつからか当たりまえのように少年が座っていました。母親が仕事から帰って来るまで、老店主が少年の面倒をみていたのです。店主からもらった文具で少年はいつでも絵を描いていました。店主はすべて赤字で日記を書いていました。
 なぜ赤色で書いているの? 尋ねる少年の頭を撫でて、赤字に向き合うためだと店主は笑いました。大した儲けが出なくても、金に困った学生たちにうちの文具を安く買ってもらいたい。店主は押入れからダンボール箱を出してきて、少年に蓋を開けて見せます。赤色のほうばかり短くなった赤青鉛筆の山でした。店主は少年に言いました。これは俺の宝、赤字に負けなかった証で、守った苦学生の青い春だ。

 波音に桜が舞う四月二日、赤青文具店は閉店を決めます。店より先に俺が潰れるとはな。左脚を引きずりながら、店主はいつものように笑います。少年も笑おうとしましたが、泣かないでいるだけでせいいっぱいでした。俺は海が好きだからこの町で店を開いたのに、この脚ではもう海へも行けない。そう話す店主の横顔を見ていると、少年は何も言えません。夜の海風が音もなく二人の間を通り抜けました。
 赤青文具店の最後のシャッターが閉まる前、少年は言います。あのダンボールをちょうだい。指さす先には使い古された赤青鉛筆が山となっているダンボール箱。店主はまた笑って、何も言わず頷きました。欠けた月に照らされたほとんど青色の鉛筆たちを店主と少年は見つめます。赤青鉛筆で数えれば、一、二本だけの時間を二人で過ごしただけなのに、ダンボール箱は少年にとっても、宝物になりました。

 赤い夕陽で染まる一枚の紙を手に海から遠ざかる道を少年は駆けます。バス停へ向かっていました。店主が乗るバスが発車するまで、残り数分です。あの日から、錆びたシャッターに貼られた達筆な「閉店のお知らせ」という張り紙を見るたび、少年は日記を思い出しました。隙を見て一度だけ読んでしまった日記には、温かい赤い字で少年のことばかり書かれていました。少年は息を切らし、なお走ります。
 バス停の青いベンチに店主の姿がありました。まだバスは来ていません。少年はかつてのように隣りへ座ります。店主は笑って、少年の汗だくの頭を撫でました。息を整えると、少年は持っていた紙を差し出します。バスが来ました。一言、二言だけ言葉を交わし、二人は別れます。走り出すバスの車窓から少年が見えなくなるまで店主は手を振りました。その手で紙面を撫でます。青色で描かれた町の海を。






ショートショート No.394


photo by Kosuke Komaki

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