女神憑き: 14話 思考クローンの冒険⑥
居たたまれず、これで去ろうと『あたし』は立ち上がる。
このままスッと消えれば良かったが、矢須子さんは慌てた様子で『あたし』のホロ映像の手を取ろうとし、映像なのでスカッとすりぬけた。
「――香織さん、それなら、やりましょうよ。実験、しないとダメ。あなたが死んだおかげで、サっちゃんと私の今の幸せがあるの。このままじゃ、あなたが赦してくれても、私が嫌なの」
矢須子さんは自分のシャツのボタンを外して、胸元を見せた。
「だからサっちゃんといわず、私のカラダも使って実験して頂戴」
「でも、憑依するのって、実際初めてなの。何か失敗したら、迷惑かけちゃう。嫌だよ、他行く」
サトミくんは元々だし、矢須子さんの人となりも知れてきて、おいそれとリスキーな憑依実験なんて。『あたし』だってヒト並のこころはあるつもりだ。
「香織ちゃん――だからこそ、よ。ちょっと怖い実験にお付き合いするくらいで、ちょうどいいの。あなたのエネルギーみたいのも補充できるんでしょう?」
「うう……」
確かに動力の残量も心配だ。亜美ちゃんのキスで補充できたものの、自分を改造したり、見栄をはって等身大の姿になったりで、あと一日もたないだろう。
「ヤヤちゃんがそう言うなら、僕もいいヨ」
嫁さんの突飛な提案に、サトミくんもさほど考えもせず同意する。
この夫婦もなんかおかしいな。
香織本体と譲さんのオバケ夫婦といい、その愛人である亜美ちゃんといい、ラブラブ心中するカップルに、オバケ女と真剣交際する女。
今度は元カノの幽霊に体を貸してHする夫婦ときた。
この話は覚悟ガンギマリな人物しか登場しないのかしら。
「香織へのお礼だよ、遠慮すんなよ。ヤヤちゃんが気済みするのももちろんだし、僕も何だか、香織への気持ちが整理できそうだ」
サトミくんはチラリと矢須子さんを見て、
「正直に言えば、僕が香織を好きなまま、君、居なくなったんだからな。カラダ貸すのはそりゃ考えたことも無いけど、それくらい濃いことすれば、しかも香織の役にたつんなら、なんか良さそうだ」
よくわからない理屈だ。元カノとのお別れHみたいな解釈かな。アクロバティックすぎる気もするけど、サトミくんの気持ちは、ちょっと、嬉しい。
「それに、香織ちゃん――きっと丁寧にやってくれるでしょう? 良いこと以外、起こらないわ」
すっかりその気で、シャツを脱ぎ上半身は下着になっていた矢須子さんは、秋波を送るような目で『あたし』を見つめた。身体も見つめられた。
依然裸で突っ立っていた『あたし』は、恥ずかしくなってまた正座で座りこんで、身を縮めた。
――ふたりとも、好きになってしまった。
憑依は初めてとはいえ、もともとお相手の神経系に非侵襲的な仕組みだ。ダメージは与えようがない。じゃあいい。何か問題なら『あたし』が停止してそのまま溶け消える勢いでやれば。きっと大丈夫。
それに――愛欲を求める香織という『あたし』の性は、好きになってしまったこのカップルの、行為を体験していいヨ、という許可に、感謝に加えてドキドキする欲情も湧いてしまった。
もともと『あたし』の目的は、多くの生物のセックスの経験を味わうという、いやらしい動機に由来している。
カラダ目当て、快楽目的なんだよ。ピッタリじゃないか。
その初っ端が――好きなふたりで、是非やりなさいよ、なんて言ってもらうんじゃ――調子狂う。
「ありがとう……じゃあ、好意に甘えるね、ふたりのエッチ、経験させてもらうね、絶対丁寧にやるから」
ちょっと涙ぐんで、お辞儀した。
(思考クローンの冒険⑥ おしまい)
