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女神憑き: 07話 カオリちゃん缶(後編) 全裸待機と告白

 やりすぎかとも思ったが、代案も浮かばなかった。
 亜美は一時間前から、全裸で玄関前に正座していた。
 暖房は強めに入れてある。
 座布団やクッションは――自分の中でフクスケみたいな置物を連想してしまったので、敷かないことにした。

 ――必ず二十四時間以内には帰ってくるよ。
 他ならぬ香織の考えそのものを知る、ミニ香織が帰還の時間を教えてくれたのだから、信じてそのタイミングを最大限に生かしたほうがいい。
 香織とケンカしたとはいえ、誤解も何もないのに、もごもごして想いの核心を伝えられずに大切な相手を泣かせるのは懲りたので『直ちに覚悟の伝わる迎え方とは』と考えた末、ハダカで正座して迎えることにしたのだ。
 あれ? なんかネットスラングで『全裸待機』なるものがあったような……今亜美が行っていることはまさにそれだが、真剣というよりギャグの文脈で語られていたような……スマホで検索してみた。
 曰く、恋人が浴室から出てくるのを待ち構える様子。
 あるいは、速やかに自慰へ移れるよう、R-18系の作品を万全の体勢で待つこと。
「…………」
 いやいや。
 服を着た方が良さそうだ。でも恋人を待ち構えてるのはその通りか。
 迷った。
 一応、選択肢としてせめて下着とパジャマでも出しておくかな?
 と、痺れて足首が曲がらない。気合いを入れすぎて随分前から正座していたからだ。
「ぐわわわわわわ」
 亜美は痺れに悶えて横に倒れた。
 想定される時刻の、五分前。
 せめて痺れだけでもおさまって、ちゃんと座って、香織を迎えたい。
「んー!」曲がらないビリビリ足をさすったり、手の力で曲げようとしたりした。
 諸氏ご存知の通り、正座の痺れは時間だけが解決するもので、亜美の努力は虚しい抵抗だった。
 立つことも出来ず、着衣もできない。

 ――カチャリ。
 亜美の最愛の恋人は、予定通りに突然に、オバケなのにドアノブを律儀に回して開き、玄関ドアに、懐かしい白ワンピース姿で現れた。
 亜美は全裸で、痺れた足をなんとかせんとジタバタしているところだった。
「ただい――」
 心なし元気のない声で帰宅を告げようとした香織は絶句した。
 身体を屈曲させた亜美と目が合う。
「お、おかえりなさい、香織」
「――ゴメン、エッチなことしてた?」
「違うの」
 亜美は純粋な羞恥で全身に血が巡るのを感じた。
「ま、まま待ってたの。足、正座でシビれちゃっ、もー!」
 香織は憂いめの表情から、ふやけた笑いを耐えるというなかなか高度な感情と表情の切り替えを見せた。全裸の理由も何となく察した。
 半泣き(劇的再会からの告白演出は破綻した)でまだ痺れで生まれたての小鹿より震えて立てない亜美の傍らに正座で座り、優しく足をさすった。
「ただいま、亜美。帰ったよ」
「か、帰って来てくれた、う、れしいわ」
 まだ挨拶だ! まだ挨拶しかしてない!
 ようやく収まってきた正座ダメージに、くの字で横寝のまま息を吐いた。
 脚をさする香織に、脱力して横臥するハダカの亜美。
 ケンカの後の再会、これから永遠の契りを結ぼうとの覚悟、とてもそんな場面には見えなかったが、ごく彼女達らしい情景でもある。
 香織は丁寧に、亜美を抱くように助け起こした。
 横座りのようにさせて、まだ痺れの余韻が残るであろう、躯を軽く支える。
「帰って来てくれて、嬉しいけど、恥ずかしいよう」
「なんでハダカだったの」
 ほぼわかっているのだが、聞いてみたくなった。
「あのね、覚悟を――ね、一発でわかるように、したかったんだよう」
 それはもう亜美からの告白も同然で、彼女らカップルのプロポーズ受入れ表明だったのだが。
「――うん、わかってるよ、亜美。ありがとうね」
 相変わらず不精で掛敷布団ごと二つ折りで、コタツの鎮座する部屋。
「香織に、伝えたいこと、たくさんあるんだよ」
「うん、コタツ、はいろうよ」
 コタツは小さな独居用のものなので、流石に並んでは入れない。斜め向かいに足を入れる。
 香織が腕を横に広げると、ヴィジョンであった着衣が消失した。
 昨日は衣服だけ残し身体を消して出ていったが、今日は衣服が消え香織の裸体が残った。
「亜美もハダカだからさ、えへへ」
「むー」
 日常抱き合った後も、お互い裸でウロウロしたり、こうしてコタツに入ることもあったので、そこまで、非日常なシチュエーションでもない。
 が、これから伝えることは大事なこと。
「香織」
 亜美は自分の頬がジンジンと熱くなるのを感じた。
「――はい」
 香織は平静の会話のように亜美を見遣るが、やはり頬が朱に染まっていた。

「わたし、あなたと一緒になる。決めた」

「――うん、うれしい。亜美」
 香織は、小菊が花開いたかのようにんだ。
 情動よりも静謐せいひつな熱で、生まれて死んで、香織が香織となって初めて、穏やかな喜びのもと、求めてやまなかったものを得たのだ。

「わたし、ひっついていたいんだ。香織といっしょにいる。ずっと一緒に居るから」
「あたしも、離れないからね。亜美の隣に居るからね。ずうっといっしょ、だよ」
 コタツの中で手を繋いだ。
 あとは些末なことで、ふたりがそう決めたことだけが重要なことだった。

 そわっと、互いからの、相手を想って放たれた大きな矢や細い流れ矢が、ハートやお腹、あちこちを貫いたり、既に繋がっていたパイプが脈動したり、線虫のような頼りない感情が途中で絡まりあうビジョンが浮かんだ。亜美がミニ香織と対話していたときに想像した、感情の矢印ベクトルのやり取りと似ていた。
「なんか、すごいの見えた」
「えー、これ」
 亜美と香織は顔を見合わせ、額をコツンと接触させた。香織の読心能力でお互いが見たらしい何かを共有しようというのだ。
 果たして視点は違えど同じものをみていた。
「――ね、香織、これ、縁とかそういうヤツ?」
「たぶん……あたしも見たことない」
 スピ系そのものの存在である香織だが、
「わは、勉強と経験不足だわ。でもなんか良さそうなことじゃない?」
「そうだね、きっと繋がりが強くなったってことだね」
 ケラケラと笑いあった。

 握った手が汗ばむ。
 亜美は親指で香織の掌の中心を探り、香織か自分かの水分を見つけて、塗り拡げるように指の腹を這わせた。
「香織、感動の再会だよ。ね、しようよ」
「再会って、あは、一日じゃん。長かったけど」
「香織も?」
「うん、飛べないくらい落ち込んだ。行くとこなくて、どっかの木陰で泣きながら寝た」
「えええ、不憫な子」
「凍えないようにオバケ状態になってさ。帰ってくるときやっと生身化したの」
 びっくりだ。日頃は女神的能力をアピールしてるのに。
「ゴメンというか、すまなかったです」
「亜美も相当だったんでしょ。全裸待機を決心するくらい。またしても死んで初めて見た」
「わたしをあげるっていう、わたしの気持ちです。恥ずいけど後悔はしてない……と思う。正座は後悔した」
 ミニ香織に助けられたこと、生死の扱い、いろいろ話したいけど。
「もう、じゃあ貰うからね。亜美のこと。あたしのことも、全部あげるからね」
「ウン、そうして」
 コタツから出て、愛し合うべくふたりでいそいそと準備した。
 準備といってもコタツを動かして布団を広げるだけだ。
 香織がオバケで出て来た最初の夜も、グータラで敷いたまま二つ折りにしておいた布団だった。
「これあたしたち、結婚初夜っていうのかしら?」
「ん、きっとそう……」
 亜美はまた、急激に恥ずかしく、いや恥じらいを感じた。

 ――結婚初夜の新妻。
 なる概念が浮かんで、掛け布団をめくるに、乳房や股間を心持ち隠したくなった。
 亜美より少し小柄な香織だが、女性らしい丸みは香織の方がある。

 ――あ、まただ。いいんだけど。
 これから生涯を過ごす、いとしい相手に抱かれるんだ。
『威勢だけは日本一のギタリスト・亜美姐さん』のようなパブリック・イメージからは程遠い、しおらしく褥の前で期待と不安に怯える女のコの気分になってきた。

「電気、豆球にするよー」
 クラシックな室内灯のヒモを引いて、薄オレンジ色の常夜灯へ切り替える香織。
 毛布をかけ、上半身を起こし、ちょこんと並んだ形だ。
 短い沈黙の間が訪れた。
「なんか、照れるよ、香織」
「あたしもだよう、ほら」
 香織は、亜美の手をとり、自身の左胸、アンダーの心臓に近い肌に押し当てた。重くとても速い鼓動。
「コレ続いたらまた死んじゃうかもね、あはは」
 本日の香織さん幽霊ジョークはこれだろうか。
「わたしも新妻っつか、処女みたいな気分なんだけど」
「亜美は、もともと恥じらい乙女だもんね」
 まさに今そうなので反論もできない。

「じゃ、最初はあたしがリードするね」
 香織は耳許に囁き、巧妙に吐息の半分をあてながら亜美の耳朶を唇で柔く包み、直ぐに歯でなぞり刺激の度合いを高めた。
「ふひゃあ!」と猫めいた声をあげてしまった。
 反射で跳ねる亜美の肩は、予測していたようにしっかりホールドされていたので、ゴッツンコ的な事故は起こらなかった。
 喉元を一瞬甘噛みされ、ごく優しく唇同士を押し付けるキスをされた。

 香織の鼓動は彼女の全身、どこに触れても尋常でなくドキドキしているのがわかるのに、ちょっといろいろされただけで、亜美はメロついてしまった。
 オバケ的能力ではもちろんなく、香織のいろいろから滲む愛の行為というわけだ。

 ――もー、テクニックに走っちゃって! いいけど、気持ちいいし! もう!
 別に競っているわけでも、攻め受けにこだわりがあるわけでもない。
 亜美の短い人生経験、一般より少し多めの性遍歴と比べても……最も相性が良く安心できる相手は香織で、香織とはもう伴侶なのだ。
 安心できる、何もかも受け容れてくれる香織だから、相性がいいのか、肌を合わせているうちに良くなったのか、わからないし恐らく理屈づけも無意味だ。

 ミニ香織の予言通り、亜美と香織は一晩中愛し合った。朝の光は黄色味を帯びて眩しく、チュンチュンと雀らしき鳴き声が聴こえる。
 夜をかけて初々しい慈しみあいから、よほど数奇な行為まで、進化と退行を繰り返し、気絶こそしなかったものの、さすがにヘトヘトになり、ふたりとも力尽きて昼過ぎまで眠った。

 先に目覚めたのは亜美で、水分を取った後、香織の頭を抱きしめたり頬擦りしたりと密やかに楽しんだ。

「あ、開けたのね『カオリちゃん缶』助けになった?」
「とてもなった。ありがとう」
 ようやく起きた香織と一緒にお風呂に入ったあと、ミニ香織のことを話した。
「あら、缶は? 電池切れたらただの箱になるんだけど」
 香織本人とて、何もかもお見通しというわけには行かないようだ。
「逃がしてあげた」
「ふぁ? 電池は?」
「キスしたら補充されたって。で、邪魔しないように旅に出ると」
「えー、亜美すごいね。どうやって波動エンジンに同期出来るエネルギーを……」
「あれも香織だから、もしかしたらと思って、愛情込めてチューした」
「ワオ! それでかあ、一応理には叶ってるなあ。そっかあ、亜美の愛情かー」
 少しジェラシーのような細目をする香織。ミニも同じ表情したな。

「ミニ香織、あなたがリスクを犯して作ったといってたよ」
「んー、あたしが分身好きじゃないっていうのが大きいけどね、現に亜美も感情移入しちゃってどっか逃げたし。でも電池どうするつもりなのかな、亜美に補充してもらったといっても二日も動けないと思うんだけど」
「近況報告するって言ってたから何か考えがあるのかな? キャッツアイみたいなレオタードでヤル気になってたし、愛を知る旅がどうとか――あ、そうだ香織」
「愛を知る、かあ……ん?」

 亜美は湯上がりで半裸の香織を、背後から腕ごと抱きすくめた。
 昨晩と違い今度は亜美が耳許で囁く。
「あなた、オバケになれるよ、ってわたしに言わなかったでしょ」
「……うん」
「言うのが怖かった?」
「うん、缶が教えたのね……たぶん、聞いたとおり。あたし勝手だから、死んでるとか生きてるとかじゃなく、亜美にあたしを見て欲しかったの。それに亜美に死んで欲しいわけじゃないし……」
「けっこーキツイ内省だったよー、もういいんだけど。決めたって言ったよね」
 亜美の囁きのこそばゆさに、今度は香織が震える番のようだった。
「香織、わたしずっとあなたと一緒って決めたんだよ。いつでも連れてってくれていいんだよ……」
 ブラウンの髪をかき分けて、香織のうなじにキスしてみた。
「んやぅ!」

 ――そうだ、思い出した。
 亜美は香織を緩やかに組み敷いて、彼女の左乳房の下を触った。
「んぁ、何なに?」
「もういっこ、告白しないといけないことがあったの」
 少し身体をずらして、亜美の左胸を、香織のそれに強めに押し付けた。
 変則的な抱擁に、圧迫でやや苦しい吐息を二人とも漏らす。
「んっ――ねえ、香織の居ない間にさ、わたし――あなたをオカズにしちゃったんだよね」
「あ、え、いつもじゃない?」
 いつもじゃない、よ。
 亜美はテンションが崩れそうになったが、言っちゃえとばかりに精一杯の悪女顔で呟いた。
「……いんや、あのね、香織の『儀式』のビデオ、なんか思い出しちゃって……ちょっと良さがわかっちゃったの。あなたと一緒にあのビデオに出たかったと思ったり、香織が貫かれて死んじゃうシーンで、感じてしまったの……」
 もう一度乳房同士を密着させて、ン、と二人とも呻きをあげる。
「ねえ、わたしは香織のもの、香織はわたしのものよ。えっちするならわたしとだよ。次に死ぬんなら、わたしとだよ」
 そう、本音だ。互いに誓ったことは、そういうことだ。
 亜美は圧力をゆるめて、香織の乳首と、顎と、頬にキスした。
「ウン、そうだね、亜美とだよ――」
 香織は笑うのかと思いきや、スンッと鼻を鳴らしながら、もっと強い力で抱き返して来た。

 


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