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女神憑き: 08話 思考クローンの冒険①


『あたし』
 幽霊の香織に作られた思考と記憶のクローン。
 ホログラムで実体はなく、ほぼ情報のみのプログラムされた意識。
 動作限界があり停止、消滅する仕様だったが、香織のパートナーである亜美の愛情を資源として動作期限が延長され外界へ脱出した。


 『あたし』は香織という人格だ。
 正確には香織という人格の思考と記憶の完全なコピーだ。
 といっても、電池で動いてて動作期限アリで、身体の定義は二頭身の可愛いホログラム。
 お話アプリとして作られた、実体すらない影というか、あたりの光を歪める波のひとつまみのような存在だ。

 想定された役目を完璧に果たし、仕様通り二十四時間の動作期限を迎えようとしていた――時に電池を補充された。
 コレは大切で大変なことなんだけど、補充してくれたのは、あたしが愛する亜美ちゃんだった。

 電池とかコピーというのを説明しておくと、『あたし』は、香織というマニアックな幽霊に作られた『イラスト入りクッキー缶』だ。
 蓋を開けると香織に似せたホログラムが表示され、親しく会話が出来ます。
 電池は交換不可で、会話機能は開封から二十四時間動作する仕様でございます。

 おぞましいことに、高度で精巧なお喋りのためだけに、製作者の思考そのもののクローンが作られた。
 制作時点の記憶もまるごと転写されている。産まれていろいろやらかして拗らせたあげく死んで、幽霊になってまでセックスしまくってる、どーしよーもない存在だ。一言でいうと色情霊ね。あはは。

 で、そのコピーが『あたし』

 香織(制作元の幽霊本体)には、熱烈な愛情の対象がふたつあって、ひとつは配偶者である旦那、これも幽霊で、オバケ夫婦ってわけ。おおいやだ。
 もうひとつは生きている人間である亜美という女。元親友、現在爛れた愛欲関係。

 本体の所業ときたら、好きなら異性同性、死者生者かまいやしないので、異性愛者ストレートの亜美の性癖をねじまげて自分の良さをわからせ、遂には伴侶寸前まで追い込んでいた。

 いやいや。ないでしょう。
 香織(本体)というやつは、クローンである『あたし』にはよくわかるんだけど、愛情だの情動をエンジンとして動くくせに、よせばいいのに内省的な分析を欠かさない。

 なので自分が死にまで至った性癖由来の宿痾や、現在の異常な、非日常でパラノーマルな、自己がオカルトで超自然スーパーナチュラルそのものの愉快な存在になってしまったこと、死に迷ったオバケとなってなお、現世で愛情を希求してやまない困ったチャンであることをよーく自覚している。

 とはいえ、死んでオバケとなって、だいぶ生きる(?)のが楽になったようで、目下亜美ちゃんとの恋愛に夢中ってわけ。
 冗談みたいな自分の冗長的アプリケーションとしてあたしを作り、恋人の感情クライシスに備えようとした。

『さみしくなったらこのお喋りアプリを相手にして』というちょっとしたプレゼントとして、被造物である『あたし』を組み上げた。

 ロボットオタクでSF的禁忌も知ってるくせに、自分のクローンなんて作るなっつうの。
 それ程亜美ちゃんが大切なんだね。不在時には完全な自分の思考で慰めたかったんだ。
 フェイルセーフというか、動作期限を設定したことでいわゆるクローンの反乱とかのリスクには対処したつもりらしい。

 一定時間で停止・消去。
 製作者は、クローンである『あたし』の自己の有限認識による切なさ、つまり「死の恐怖」への対処機能を特別には付けなかった。

 もともとが『死んで無になったらさっぱりしていい』というヤツだからな。自分のことだから良く理解してるんだけどね。

 ――タナトス萌えな性癖も継承しているので、フワっと消えるより、死や消滅が予兆と実感をたっぷり伴って自分を侵食し、死に喰われ尽くしていく様をじわじわ味わいたいという、亜美ちゃんの言葉を借りれば、そう言ったたぐいのまあ、変態だ。

 しかし、元の香織の強い衝動を受け継いだあたしは、亜美ちゃんへの愛情もそのまま保持している。しかも正式?な告白前の彼女の気持ちを焚きつけて整理させる、という本来の慰め目的以上をやり遂げたとあたしは自負するよ。

まあ本体とお幸せに……。という嫉妬めいた感情は当然湧く。電池が切れて消滅するあたしと、愛しい亜美とくっつく本体の香織。ちぇ。

 や、あたしも嫉妬はするけど、しゃあないんだよ。邪魔しちゃあ悪いしさ。

 あと数時間で電池切れるよ、って亜美に伝えた時は、あー、この前死んだ時は気持ち良かったけど、今度はどうかなー、なあんて達観二割、期待八割くらいだったのよ。あたしはそういう人間――でもない、幽霊……ですらなく幽霊の被造物で、意識はあるけど非生物。たぶん。

 そんな停止予定のあたしに感情移入した亜美ちゃんは、思うところがあったのか、ホログラムのあたしに長いことエアキッスをしてくれた。触覚は無いけど感慨深いよね。あたしの思惟は香織そのものなんだから。

 どういう理屈か、結果的にあたしの電池――波動エンジンの動力源はチャージされた。

 その時は解らなかったけど、亜美はあたしの造物主である香織本体の、この上ないつがいだ。女神に対する使徒……でもないな、何だろう。イザナギとイザナミみたいなもんかな? あたしゃヒルコかいな。

 波動エンジンの動力が香織の一部なら、亜美ちゃんが気合を入れればチャージ出来ないわけがないのだ。
 コネクタの規格が違って残念! ということはない。口吸いなら受け口として全く問題なかったわけ。作った時のイメージは自分自身のごく一部の分割、チーズを切り取るイメージだったが、本質は愛情だかで動いていたわけだ。香織あたしらしいね。さもありなん。

 とりあえずの動作期間延長を得た『あたし』は、本体の帰還を前に、そそくさと逃げることにした。
 香織なら、仕様を逸脱した自分のクローンなんてインシデント案件、サクッと躊躇なく消去だ。

 現在の『あたし』も本当、ロクなことを考えていない。
 いとしい亜美ちゃんや、考え無しでヒトでなし(死んでるし)の香織本体の障りになるつもりはない。
 が、動作の猶予が出来ると欲望も出てくる。

 更なる意識の存続方法、動力源の補充方法を思いついたのだ。
 そしてそれは香織たる『あたし』の目的に相応しいものと思えた。

 ――あらゆる生物のセックスを経験する。

 ほぼ情報で出来ている『あたし』は自分を少し造り変えれば、他の生物の神経系に自分の意識を、存在ごと、転写できるバージョンアップができる。

オバケの本領、憑依だポゼッション

 セックス、交尾、生殖活動は考えるまでもなく神経系を大いに発火させる。生物の生涯の頂点だ。
 その情報の波は波動エンジンを充填してくれるだろう。

 考えてもご覧よ、亜美ちゃんとの充電キッスはとても長かった(一時間は超えていた。ありがとう愛してる)けど、それでも彼女の一生ではごく短い時間だし、交尾活動の一環としても割合はそこそこだ。

 他の生物のセックス――交尾を終えたら死ぬことがプログラムされているような――の生命だの魂だののおめきであれば、あたしのささやかな動力も煽りを受けてチャージされるはずだ。

 二十四年と少し、人間として生きて(その記憶がなまめかしくあって)、変な面白い死に方をして、オバケになって数ヶ月。恋人への思いつきのプレゼントで『あたし』が生じたわけだが、ついさっきまで想像もしなかった愉しみができたのだ。

 しかも想定では、様々な種の交尾を経験する過程で『あたし』は生殖の快楽と共に、無数の死を経験する。

 ――おい最高じゃないか?
 あたしの宿痾である、どうしようもない死生愛タナトフィリアが喜びに湧いた。
 期待感で、ホログラムの軀の、仮想の下腹部が疼いて、仮想の心臓の動悸が高まった。
 ワクワクする。何度も死んじゃうのかー。

 死への渇望が性的快楽に繋がるのは、後戻り出来ないが故の強烈な禁止、禁忌、抑圧が文化思想的にあるためという説がある。
 または――あたしの考えている通りなら世代交代による増殖、種の存続への意思もあるんじゃないか。次世代を産み出したならば、旧世代である自分は速やかに退場した方が都合が良い――ので死へと誘引される。それがプラログラムされている。

 だとしたら死にたがりであるあたしはその実証にも最適だ。

 ――カマキリであればオスメス両方経験しないとな……。

 などと考えながら、あたしは自分の再設計を始めた。
 
 (思考クローンの冒険① おしまい)


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