女神憑き: 09話 パンツあげます
○人物紹介
亜美
悪友であった香織の死後、遺品も整理できず故人の部屋で暮らしていた。
万能の霊体となって出現した香織への好意と恋慕の情を知られており、また自覚する。
香織の加護が常に憑いているため、既に一般人として生活はできず、今後どう生きて行くか模索中。
香織
恋人と心中死する儀式によって霊体となった。恋人も近傍に存在しているが現世にはあまり関わろうとしない。月面で営みを行ったり、巨大化して太陽をセックストイに利用するなど、神に近い能力の無駄遣いに余念がない。
パンツあげます
T市というのは都心まで1時間ほどの、中心部ではそこそこ大きなモールが開店したりする街だ。郊外では築年数の経った借家がお手頃で借りられるのもいい。
亜美は結局、香織の住んでいた部屋を自分名義に契約し直し、そのまま住むことにした。
自分がこの先どう生きるにせよ、愛する親友と共にあることは確かなのだ。
理屈を納得し自分の懸念は解決され覚悟も決めてしまったのだから仕方ない。
――それに結局、傍らに居る彼女を想うと恋を覚えたてのような時めきが、思慕が募ることをもう彼女にも自分にも隠し立てしない。
でもなあ、男探そうと思うと、エロ女神と常に同衾している女と、事情を知った上でヨロコンデ居てくれる奴じゃないといかんわけか。うへえ。
自分がバカだから高いところに行きたがるわけではないと思いたいが、やたらビルの屋上でトラブルに巻き込まれるのはなんでだ? クソ。
偶然に扉が解放されていた雑居ビルの屋上だった。
「ぉーい?」
気持ち小声で驚かせぬよう声をかけた。
垢抜けとは逆の青年が、防護柵を超え、落下防止ネットの突端に腰掛けていた。
知り合いではない。
正直好みではないタイプの男性だ。
ただ、目の前で死なれるのは寝覚めが悪い。
行きずりの冴えない奴のラストシーンの背景にヌボーと佇む自分を想像してしまった。
なので、亜美が自分の満足のために何をするのかという問題だ。
「!」
男性は亜美に気付き、尻を浮かせた。
膝より先は宙空なので、バランスの失調や突風や覚悟なき衝動で落下する。
「あー……偶然、居合わせた者です」
男性は無言。
亜美は少し案じて、
「関係ないけどさ、一年位待ってくれないかな?」
「?」
「君がくたばってもあたしが関わりを忘れられるくらいの期間」
「なに無茶いってるんだそっちの都合だろ、どれだけ思い切って」
「そうだよ」
「感傷としては「勿体ねえな」とは思う。それはわたしの勝手な感傷」
「なので、譲歩してもらうためにわたしが出せるのは」
亜美はブーツを脱ぎ、ジャラリとしたベルトを外してジーンズも思い切りよく脱いだ。
上はライダーズの上着のまま、下半身は素足にベビーピンクのパンティを晒した何とも扇状的な格好だ。
やおらそのパンティも脱ぎ、丁寧に丸く畳み、チャームの付いたヘアゴムで纏めた。
自分ももう、こんな価値観になってしまったのね。と実感すると羞恥で顔と躰が熱くなる。
平静を装いながら、金網越しに近づき、奇異の目で見ている青年へ突き出し、手のひらに載ったパンティを見せる。
「これをあげる」
「え?」
「聖遺物だ。ゲームで言えば高位のエンチャントがかかっているユニークアイテムです」
「それとわたしが履いていたものをこの場で脱いで渡しているという付加価値」
「付加価値」
「それ下、すっぽんぽ……」
「恥ずかしいから言わないで」
勇ましく世界最強のマジックアイテムを差し出す亜美の下半身は何も装備されていない。
「言っとくけどわたしは痴女じゃないです」
と、言われれば男の視線も亜美の股間に向かうが。
「あと、一週間、わたしを好きにしていい」
「今後一年自死を思いとどまってくれることに、わたしが提示できるのは、それだけ」
青年も呆気に取られているようだが、亜美とて差し出した手は震えているし、やはり顔は熱く、外から見れば紅潮しているのが明白だろう。
本当は同じ所作でももっとクールな感じで行いたかった。
いつのまにか、香織がスケスケ霊体の状態で現れており、亜美が差し出している元香織の私物であるパンティをニッコニコ笑顔で見、鼻を近づけて匂いを嗅いだりしている。
無論眼前の自殺志願者には見えていない。
「なんなの、あんた初対面だよね? そこまでする? 何目当て、俺借金しかないよ」
「アイテムがどうとか知らんけど、お姉さんマジ脱いでるし、羞恥プレイみたいな顔しているし。アッ俺の臓器とか」
「違います」
「ホントかよ」
男は毒気を抜かれたようだが、座り直して、
「好きにしていいならさ、今ここで俺とセックスできんのかよ」
「いいよ、そういうことだよ」
「えぇ……マジ何で?」
「とりあえず、手が疲れてきたから、これ受け取って」
と、パンティを差し出す手を示す。
「お、おう」
気押されたのか、青年は防護ネットの縁から金網まで(心持ち慎重に)戻った。
「はい」
目の粗い金網越しに、亜美は手をいれ、今まで自分が履いていた元親友の私物の下着を差し出した。
「ええ……マジお姉さん、ヘンタ」
「そうかもねっ! ほら! 受け取って!」
どうあれ受け取らなければならない雰囲気になり、彼は両手で亜美の差し出す手を包むように(強く握るなどできない)し、ピンクの薄布の塊を受け取った。
「その! ポケットにでも入れておいて」
言われるがまま自分のズボンのポケットにねじ込んだ。
「……」
「……」
亜美は踵を返し、熱を冷ましたいのか少し頭を左右に振って自分のスキニーを履いた。
振り返って、自殺志願者を見る。
「あの、言ったとおりだから。もしとりあえず一年死なないなら、好きな時にわたしを一週間好きにしていいです。細かいことは言わないので分けてもいいし、だいたい一週間。一日や二日増えたっていいよ。スマホありますか」
「あ……」
男が尻ポケットへ反射的に手をやる。
刹那。
男の身体は金網の内側、屋上のとりあえずセーフティな空間、亜美の眼前にあった。
「あ? りられ?」
「スマホ出して、わたしの番号、登録するから」
「――はい」
素直に差し出された男のスマホに亜美は自分の電話番号を登録して発信し、自分の電話を鳴らした。
「ね、どうしますか。さっき言ったように「今ここで」何かしてもいいし、気が向いてから連絡してくれてもいい」
「ちょっとそれ今は――」
男は童貞では無かったが、自分が投身自殺を企図していた場所で即座に事に及ぶ度胸や切り替えは無理だった。実際には宇宙的色情霊体だか女神だかの使徒と交わる恐ろしい行為を意味するのだが、彼はそこまでは知らない。
「じゃあ、今日は解散で、あなた家に帰るかサウナにでも泊まりなさいよ」
亜美はこの冴えない青年に微弱な電流のような情感が湧いているのを感じた。
「連絡はいつでもいいけど、それまでに勝手に死なないことだけ、お願い」
希望を伝えることしかできないのだ。
「……お、まぁ、そ、ハイ」
キョドる青年の腰に手を回してハグする。
亜美は未だ羞恥で火照る頬を彼の頬に押し当て、熱さを移すようにスリっと摩擦し、驚愕した瞳を見遣って、唇に軽くキスした。
「じゃあ、またね」
「アッハイ……」
亜美は履きそびれていたブーツに足を通す。
「どうして?」
男にはどうしてもわからないのだ。
死にたかったのだから、痛いのは嫌だが臓器を取られるような罠でもいい。
罠にしてはサービスが過ぎるんじゃ無いか?
マジなのか? 本気と書いて。
この変なお姉さん(登録名に亜美とあった)の頬のあたたかさと唇の感触。
亜美はやはり赤面が収まらず言った。
「寝覚めが、悪いわ」
「死ぬ覚悟の人にやめろと言って、わたしが出せる精一杯はこれだけなの」
青年はやはり意味が咀嚼できず、最も不可解であるはずの現象を思い出し驚愕するのはその夜自室に何とか「無事」戻り、そのまま着替えず就寝しようとした時だった。
無理やり押し付けられた彼女のパンティはポケットに突っ込まれたままで、寝返りをしたときの違和感に、俺はどこまで女性の下着に愛着があったろうか、と自分のフェチズムを検証し始めた時でもあった。
『いやー、はあ、亜美ーッ』
就寝しようとした亜美に、これまでニマニマしながら傍らに浮くだけだった香織が、我慢できないとばかりに抱きついてきた。
「なによう」
『恥ずかしいね! 亜美最高!』
「やめてよ、ホント恥ずかしいし」
「行きずりの、どーでもいい命を救うため、その身まで捧げちゃうのね』
「たまたま、何となく、ついだよ」
香織は重みを感じるほど実体化し、布団に亜美を押し倒した。
甘い声で囁く。
「あたしは今、こんなんだからできるけど、してもいいけど、亜美は生身だよ。あたしが生きてても絶対出来ないこと、たまたまでしちゃうから、亜美はすごいよ。ねえ結婚しよ」
亜美は満更でもなかった。生死を超越してしまった友人に褒められるのは気分がいい。
「――結婚、してるようなものでしょ」
「えへへー」
