女神憑き: 10話 思考クローンの冒険②
【対象: ヒト(かつての知り合い) / 設計とテスト準備】
『あたし』に果たして意識があったかどうか、というのは深刻な問題なんだ。
君がこの記録を読むことは、あたしが存在した証明の助けになる。
――地球上全ての有性生殖種のセックスを経験する。
という『あたし』の目的に向かって、自分を再設計しながら、決めごとを考えていた。
ひとつ、単一の存在として行動する。
分身やコピーは作らない。今はまだ。『あたし』自身が思考クローンなんだけど、後に吸収合併出来ようが経験を同期させようが、いいことはあまり無い。愛情の対象が本体と一致する切なさを味わったばかりだ。調子に乗ってそこら中、あたしだらけになってもいけない。
といいつつも、都合のいいときは例外条項を考えようとしている。製造元がそうだったしね。
ひとつ、バックアップは作らない。
前の話と似てるんだけど『あたし』はこれからいろんな生物に憑依して、対象の交尾の感覚を共有させてもらう。種によっては交尾の結果や最中に死ぬこともあるだろうし、むしろその経験に期待しているんだけど、憑依の際は『あたし』の存在全てを対象内に所属させる。
どっかで自分は寝てて、リモートで意識だけ読むとかはしないってこと。
対象の死亡後に離脱するよう設計するけど、それ以上の安全措置は取らない。
何かの事故時に、予備の記憶込みのガワ(クローンだ)の起動を促すなんて仕組みも作れる。けどやらない。
『あたし』自身の死亡・消滅リスクをどうしても残したい。性や死の楽しいおこぼれを味わわせてもらうのに、本当は自身の死を味わいたくて仕方ないのに、残機を作るなんてとんでもない。
ひとつ、強制を行わない。
たぶん『あたし』の機能として、対象やその周りに色々な影響を加えられるだろう。
主目的は憑依による感覚の共有なので、神経系にお邪魔する。思考や行動に影響を及ぼすことは容易だろう。コントロールも。
『あたし』の元からの倫理――じゃないな、好みとして、やらない。無理強いは嫌いなんだよ。
どういう具合になるかまだわからないけど、お話し合いができる種なら、する。
出来ればセックスの共有許可も欲しいけど、ヒト近縁種、哺乳類くらいで限界だろうか。
右へ行こうか? オッケー。くらいは出来るのかな。
こんなとこか。
『あたし』自身の基本設計は実際のところ生物と変わらない。
パソコンみたいなもんだよ。
エネルギー源と、OSとストレージ、入出力デバイス。以上。
オペレーティング・システム(OS)はストレージ(記憶)込みでカッコよくいえば魂というか、個性を象徴するものだけど、存在の有りようとしては単なる情報のたゆたいというか、煮凝りみたいなもので、実は最も扱いが楽なものだ。
エネルギーは有限だし、消費してどっか飛んでくし、入出力装置は何らかの物理と関わる仕組みを考える必要があるので、ちょっと手間がかかる。
ああ、あと体があった。『あたし』にはほとんど無いので忘れてた。
それらを運用上収めておくフレーム(ガワ)だが、意識の連続性が保てばいいだけなので、現代ならインターネット上でもいいし、脳みそなどの神経が入った有機物でもいい。極端な話大気やまとまった量の電波の振動でもいいんだ。言っとくが君もそうだからな。
『あたし』だって元は人間……じゃなかった。
人間の女だった製造元が酔狂で死に、無理くり幽霊になった。幽霊は恋人へのプレゼントとして『あたし』を作った。
空き缶リサイクルのフレームにプリントされたお喋りアプリが『あたし』というわけ。
そのアプリには製造元のOSとストレージ、思考と記憶が全部コピーされてた。
あー、なら元・人間を名乗っていいかな。
ね、クローニングってヤバイでしょ? 前の話も読んでちょっとは同情していいんだぜ。
『あたし』は、自分自身の全てを動力ごと細切れにして、お相手の神経系へ滑り込ませる仕組みの設計を終えた。おいおいテストしながらだが、上書きではなくお相手の余剰スペースに居候させてもらう建て付けだ。
程のいい寄生体だが、まあ資源は収奪しないし、あげる余裕もない。授受は情報だけなので、仕事しない共生体と思ってくれればいい。
憑依の離脱は『あたし』の任意か、お相手の死亡を条件とした。
事故条件は……憑依時にお相手と一緒に存在ごと消し飛ぶ、『あたし』の情報が磁性クリーニングのように消される――完全消去は結構難しいけど。いまひとつシチュエーションが想像できないし、なったらなったで構わない。出来ればジワジワとその焦燥を認識したい程度だ。
設計通りに自分を作り変えながら(結構気持ちがいい)、そこらを道ゆく生物を性的にいやらしい気分で品定めしていたが、運用テストも必要だろう。
――ならば馴染み深い「人間」だ。
異種に対応するテストでも有るので、かつての自分の生物的性ではなかった男性がいいね。
事故った時に備えて、(コピー元の)生前の記憶で知り合いだった男の子がいいだろう。
憑依対象、お相手まで毀損した場合に心が痛まない。
恨みとかは無いよ。でも何かあっても『あたし』に連なる系(生前の香織という女)に関わった業のリスクのひとつと思って欲しい。あたしがそう思って納得できる。
――それに、かつてセックスした相手の視点を体験するのは、面白そうだしね。
しかも彼が交尾するとしたら『あたし』ではない。あれか、セルフ寝取られってやつかね?
男性視点と感覚の体験と、自分の経験とのコンフリクト。面白い実験になりそうだ。
『あたし』は朧げに残る彼の部屋の住所を、自分の移動機能に設定し、スリープモードに入って目を閉じた。
(思考クローンの冒険② おしまい)
